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どうせならあの時、殺してくれればそれで良かったのに

1
何か書きたいのに、書けない。描きたい気持ちすら本物なのかすら分からない。文章として成り立っていなくても、自分の気持ちを整理していくように書き連ねていこうと思う。あるべき棚に僕の気持ちを整理していくのだ。正しく、あるべき場所に。
仕事を辞めたい。仕事がしんどい。自分より大変な人たちがいるのは分かってるけど、しんどいんだから仕方ない。職場の環境、関係何もかもなくして自由になりたい。しかし自由になったところでじゃあ僕は何をするんだろう? 怠惰で、無価値で、無意味で、どうしようも無い日々を送るんだろう。それが分かっているのもさらに嫌だ。つまり僕は苦しんでいる環境にいようが、労働から解放され自由になったところで、くだらない毎日を過ごさなければならないことになる。本当に僕はどうしてこうなってしまったんだろう? 一つ年齢が上がる度、環境が変わる度、前の方が良かったと嘆いているだけだ。後悔ばかりを噛み締め、何かを求めてはそれに見合った行動すら起こせない。

2
同級生について思い馳せることがある。例えば小学校で遊んでいた人たち、例えば中学校で他愛ないことを話していた人たち、例えば高校で一緒によく帰っていた人たち、例えば専門学校で共にひたすら練習をした人たち。その人たちそれぞれ、ひとりひとりについて。離れていった人たちについて考える。僕だけが未だに小学校に、中学校に、高校に、専門学校に取り憑かれていて取り残されているのではないかと思う。僕だけがまだそれぞれの制服を着て、それぞれの教室の席に座っている。彼らはもう誰もいないのに。夕暮れになっている教室にいる。

3
自分が普遍的でどうしようもなく普通なのが嫌だ。僕はどう足掻いても才能がこれといってない凡人で、一般人でモブなのだ。それがたまらなく嫌だ。僕はいつから自信過剰を失ってしまったのだろう。落ちぶれていく僕を間近で見ていた僕が、一番どうしようもない人間なことは分かっていた。何も出来ない、のくせに何もしない。努力すらまともに出来ない。
何をしたって上手くない。のに努力して上手くなろうとしないことはやはり怠惰だと思うし、不真面目な行為だと思う。
精神的に向上心のない者はばかだ。
僕はばかだ。
特に僕が僕を嫌いな理由が明確にひとつあって、こうして自罰しているだから他の人たちよりはマシだとか、許されてもいいだろとか思ってる、甘えだ。気色が悪すぎる。自罰してはい終わりなわけがあるか。そういうところが醜い。

4
人から愛される経験をしていないせいで、愛し方がわからない。どうすれば人の心を満たせるような人間になれるのだろうか。何しても的外れで、恥ずかしい行為をしているんじゃないかと思ってしまう。
すごく恥ずかしい。友達や好きな人の前で派手に転んでしまって笑われる小学生くらい。
考えれば考えるほど、僕は沼に沈んで、気づいた頃には僕はもう抜け出せない所まで来てしまっているのだ。
救いがあったはずなのに。その手を弾いたのは、その手を退けたのは、僕だった。

5
物語には終わりがあるように、人生にも終わる。物語は登場人物が幸せになって終わる。のなら僕の人生も幸せな時に終わるべきだと思う。
どうせならあの時殺してくれればそれで良かったのに。

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