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愛の兜で有名な直江兼続は実は好きじゃない。


直江兼続のは愛の兜で有名だ。
ファンも凄く多数だ。
しかし、すまない。あまり私は彼を好きじゃない。


愛宕神社から取ったとか、民を思う気持ちからあの愛の兜としたと言われてるが、調べれば調べる程、ホンマかいな?と思う。

まず、直江兼続は若い頃は眉目秀麗で、かなり女性にモテた。
かなりの女性に自分の文才をひけらかす様に、わざわざ漢詩でラブレターを送っていた。
そして後家と結婚したが、よほど相性が良かったのか仲睦まじい夫婦であった。
だから私はやっぱLOVEのほうじゃないの?
と思ってしまう。


確かに直江兼続は頭がよかったらしいが、どうも傲慢さが鼻につく。
以前書いたが、敬愛する徳川家康公に「直江状」なる、誠に無礼な文を出している。
例えば、同じ上洛拒否をするにも世渡り上手な人間ならあんな傲慢な文章は書かないだろう。
あれでは相手をわざわざ怒らせる様なものだ。
案の定、家康公も激怒した。


この自分は頭が良いの傲慢さが後でツケが回ってくる。
上杉景勝と、直江兼続は家康を見くびった。
関ヶ原では石田三成が勝つと踏んで、悠長に東北征伐をしていた。


しかし東軍が勝利。
慌てて景勝と兼続は家康に詫びを入れに上洛。
はい、家康公は直江状も忘れてはいない。
会津120万石から米沢30万石に封印。
ほれ見た事か。
才に溺れるとはこの事だ。



米沢は冬は雪深く、痩せた土地。
農民達に税をかせ、農民、武士を困窮させた。


だから、俺、頭良いタイプは好きじゃない。


その200年後に出てくる上杉鷹山は尊敬する。
米沢藩の財政立て直しは見事である。




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