私とKOBE BRYANT
私がNBAを、彼を初めて見たのは、2005-2006シーズンだったと思う。
中学からバスケを始めた私にとって、私のバスケ観戦といえばNBAでした。
当時のBS放送をVHS録画して、ビデオが擦り切れるまで見た記憶があります。
その中で、私にとって一際輝いて見えた選手がいます。
それが、KOBE BRYANT(コービー・ブライアント)
背番号もポジションも同じだった私は、彼のプレイを見た翌日から彼のシュートフォームやプレーを
ひたすらにコピーしていました。
このシーズンは学生時代に1番NBAにのめり込んだと言っても過言ではないのですが、
このシーズンだけでも彼は伝説を残してたりします。思いついたのは2つ。
キャリア初の得点王
このシーズンは彼が得点王を獲得するのですが、アレン・アイバーソンと
ギルバート・アリーナスと熾烈な得点王争いをしていたのを覚えています。
今ほど高得点ゲームが量産されない時代でしたので、平均得点が30点を
超える選手が複数人いることがすでに驚きの時代です。
歴代2位の記録となる1試合81得点
これも2005-2006シーズンでした。2006年の1月のラプターズ戦です。
当時生で見たわけではありませんが、一人でこんなに点数をとるという記録も
久しく、ニュースを聞いてテンションが上がった記憶があります。
(70点クラブというものがあります。今はインフレしているので1シーズンで複数人達成することも珍しくないですね。)
他にも伝説いっぱい
他にも彼のキャリアでは、こんな偉業を成し遂げています。
5回の優勝
レイカーズ一筋20シーズン
引退試合に60得点
ガードでは総得点最多(全選手4位)
2種類の背番号が同時に永久欠番
そして、忘れもしない2020年1月26日、
ヘリコプター墜落事故により41歳で亡くなるのです。
すごく衝撃的だったのを覚えておりますし、追悼の意を込めて
その日のNBAの試合の最初に、意図的に8秒・24秒バイオレーションを吹かれる
というモーメンツがなされたのも、彼がとても偉大な選手であることを表しているよなと思いました。
また、KOBE最後のTweet(当時)は、ちょうどLeBron JamesがKOBEの総得点を
超えたことを祝福するものでした。
タイミングがタイミングとはいえ、ゾッとしたのを覚えております。
なぜこのような記事を書こうと思ったのか?
理由は2点あります。
・8/24は2種類の背番号を冠したコービーの日だから
・8と24を足し合わせると32、これが今の私の年齢であり
ある種の運命を感じたから
また、KOBEという名前は、父が神戸牛の味に感動したのが由来だそうな。
(神戸生まれの私は、その辺りも親近感が湧きます。)
現在、KOBEのバッシュは高騰していてなかなか手に取れないのですが、
今もKOBEのプレイ、メンタリティに倣って生きています。
今日は整体で運動OKをいただいてから初めてのバスケです。
久しぶりにKOBEのバッシュを履いてプレイしたいと思います。
8/24は、いつも彼のことを思い出す。
私にとって彼はいつの時もスーパースターです。
Mamba Forever
YuTaka
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