かえつ有明高校新クラス探究
「そんな学校が日本にもあるんですね!希望が持てますね!」
学習中の自己紹介の場で、学びのきっかけをお話するとこんなお言葉をいただきます。ビジネスで用いられる事が多いU理論やNVC(Nonviolent Communication)などが学校教育の場に導入されている事に驚かれるのではないでしょうか。
「我が子とは思えない成長ぶり!」
また、クラスメイトの保護者と話すと、異口同音にこのような感想が出てきます。そうなんです、親と対等、いえ、親よりも上位発達をしていると思うのです。彼らは過去の慣習にとらわれず「場」に必要な事を話します。本当に驚きます。
多くの親御さんが願うように、息子に「幸せに生きて欲しい」という根源的な想いが私にもありながら、親の私が偏差値に翻弄されている時期は真逆の現実でした。この現状を変えようと右往左往しながら辿り着いたのが「かえつ有明高等学校 高校新クラス」です。入学直後からの息子の変容は目を見張るものがありましたが、まさかここまで変わるとは!の3年間の息子の様子、親として感じていた事、家庭での実践を纏めました。お読み頂けると嬉しいです。
▽かえつ有明高校のホームページ「高校新クラス」には次の記載がある
「日常で起こる事象を「自分事」にした時に、すべてが学びの材料となる、かえつ有明高校新クラス。2015 年度からスタートし、2022年を迎える今も「高校新クラス」と呼ばれる所以は、常に進化し続ける教育にあります。主体性を持った生徒たちは、授業の枠を超えて、さまざまなプロジェクトを立ち上げます。対話しながら協働し、深い学びを展開する3年間は創造性に満ちています」(かえつ有明高校ホームページより)
1はじめに
2019年4月、息子は小中一貫の私立中学からかえつ有明高等学校「高校新クラス」に入学。
決め手になったのは(2018年に参加した)学校説明会でした。説明会が始まると「この学校は何か違う」と言語化できない心地よさを感じました。一般的な学校の説明会は生徒会長らが流暢に語る中、ここではどの生徒も未完成ながら魂を込めてプレゼンをしていることが伝わってきます。女子生徒が緊張して足を震わせながら「この学校の素晴らしさを保護者の方に知って欲しいんです」と話し始めた時、会場の空気が一変し感動して涙が溢れてきました。そこまでして伝えたい事があったのでしょう。
息子の変化を実感したのは、入学して二週間後でした。人がこれほど短期間で変容したのを見たのは初めて。彼はまるで人が変わったかのように、何事にも積極的に取り組むようになり、中学までの「やらされ感」が消滅。この時期は毎日「学校が楽しい」と言い、ゴールデンウィークで学校が休みなのを嘆く程でした。中学校までの授業と異なり、教員と生徒で学びを創造していく事が楽しかったからだと言います。
昨年度のかえつ有明高等学校「高校新クラス」の進学実績は、早稲田大学3人、慶應義塾大学2人、上智大学6人、国際基督教大学2人、MARCH層も含めクラスの61%が総合型選抜方式で合格。とあります
(2022.7.11 No31 AERA 「総合型」を制する者が大学入試を制するより)
息子はペーパーテストの様な机上の暗記学習を好まない傾向がある一方で、並外れた行動力を持ち、年齢よりも大人びた思考をする特徴がありました。その特徴を活かすことのできる多様な大学入試の形態を有効に活用できたことが、大学合格の大きな理由だと思っています。冒頭に記したように偏差値よりも幸せへシフトチェンジしていたので、100年人生を幸せに生きる為に、大学で心理学を専攻したいと自己決定したことが何よりも嬉しい事でした。
では一体、彼らはどんな三年間を過ごし変容しているのでしょうか。
次は生徒たちが変容する秘密について。
2高校生が変容できる理由
ここでは主に以下の三点からお伝えします。
①先生方の在り方がチャレンジマインドを生み出す
②実社会との繋がりの多様さ
③カリキュラム・評価方法
①先生方の在り方がチャレンジマインドを生み出す
抽象的な表現ですが、息子が変容できたのは学習カリキュラムは勿論のこと先生方の優れた「在り方」のおかげ、の一言に尽きます。新クラスを担当される先生方が生徒と対等に接していることが印象的でした。生徒同様に、保護者の私と先生の間にも「分断の壁」がありません。一つ例をあげると、高校1年生の2学期に、私から佐野副校長に「教育ドキュメンタリー映画を保護者が学校で視聴する企画をしたい」と相談した事がありました。すぐに協力してくださって実現。しかも、その場には先生方も10数名参加してくださって保護者20名と、視聴後に双方で対話が行われ、子どもを包含し伴走する対等な立場で深い対話ができました。この機会があったことで、先生方と深い絆が築けたように思います。子どもにとって、家庭と学校の考え方が一致している事は、安心して学びを進められるのではないでしょうか。
余談ですが、この企画を相談する前、実現するとは思っていませんでした。先生方は日々ご多忙で、時間捻出も難しいだろうと思い込んでいたのです。
さらに言えば、お忙しい中で保護者のリクエストに応えてくださることに慈愛に満ちた温かさを感じました。子ども達が新クラスに入学したものの、その歩みはまだ未知数で、保護者の私たちも不安を抱えていました。Most Likely to Succeed*という映画を題材に、我が子たちが新たな学びをしていること、そしてその学びが希望的である共通認識が持てたことは言うまでもありません。
* (401) 映画「Most Likely to Succeed」アンバサダー 竹村 詠美さんからのメッセージ - YouTube
また、息子から聞いて驚いた事があります。入学後間もなく「数学の授業の進め方が納得できなかったから担任の先生に相談して、数学の時間をどのように使いたいのかを(担任の)授業を中断して対話した」と。驚いた理由は二つ。一つは生徒が授業の進め方を進言できる環境。二つ目は担任の先生の授業時間を対話に提供する事です。その後、数学の先生と対話を行い、先生の想いもお聴きした上で双方が納得して授業内容を変更したと言います。私の高校時代ではあり得ませんし、ともすると実社会でも難しい事を先生のご協力を得ながら高校生が成し遂げます。恐らく、ここが主体性スイッチオンになった日。多くの子ども達が家庭でこのことを興奮しながら親にも共有。担任の古賀先生はこのような多くの「仕掛け」を日々散りばめられていらっしゃいました。
校則を生徒会長主導で改定したり、コロナウィルス感染症が流行しだしたときの対策も生徒が主体的に進めていくなど、常に生徒の「やりたい」気持ちが優先される環境があります。とはいっても発達途上の高校生。大人側から見れば満たないこともありますが、否定・批判・評価されない環境から主体性を纏っていきます。ルールは先生が決める他人事ではなく、自己決定する機会が多いのです。文章にすると簡単な事の様に思えますが、その環境を整えるまでのご苦労とご尽力を通して、先生方の「在り方」が整い、それが生徒に伝わります。
一方的に教える事も少なく、学習指導要綱に書かれている「主体的・対話的深い学び」が双方向型の授業によって実践されています。「今から主体的で対話的な深い学びをしましょう!」と言ったところで簡単にはいきません。それを実践している人でなければ伝えることも、生徒が実践に至る事も無いのです。
②実社会との繋がりの多様さ
我が家は「100人の大人とつながるプロジェクト」を親子で進めていた事もあり、学校を介して多様な大人と出会うことができたのはありがたいことでした。実社会で活躍される方々が、出前授業をしてくださること、職場に招いてくださることは、生徒たちの進路選択や成長に大きく影響しています。学校経由でつながった大人は約50人。その中でも、コロナ自粛が始まった当初、高校生が立てたプロジェクトをサポートしてくださった、竹村詠美さん(Peatix.com共同創始者)、堀井明子先生(横浜創英理事当時)など、有事に素早くアクションを起こせる方々と一緒に活動することができたことは貴重な財産となっています。
多くの方々が協力してくださるのは、先生方が学校外での活動を通じて多様な方々に出会う機会を持っていて、更に、協力したいと思われる人間性が先生方にあるからです。繰り返しになりますが、先生方は「主体的・対話的で深い学び」の実践者なのです。
③カリキュラム・評価方法
高校新クラスのカリキュラムには余白があります。具体的には必修単位数が他クラスに比べると少なく設定されています。当初、学校案内でこれを見た時は少し不安になりましたが、卒業してみると余白の効果を実感します。入学当初から内省を重ね「自分が何が好きで、将来何をしたいのか」という問いに対峙してトライ&エラーを繰り返すのですが、時間がなければこの問いに向き合い、自分なりの解に辿り着くことが難しいからです。
また、テストや評価方法も中学までとは全く異なるものでした。定期テストの点数でほぼ評価が決まっていた中学時代。かえつ有明の新クラスでは平常点と呼ばれるものも評価対象です(教科によって配分は違う)ペーパーテストだけではなく、社会総合の授業はプレゼンテーションが定期テストで、主体的に学業に取り組む力が育まれます。必死に暗記した歴史の年号も試験が終わればすぐに忘れてしまう事が多かった中学時代に比べ、歴史総合では自分の興味を持った時代や国に対して深く学びます。それぞれが深めたものをプレゼンし生徒自身が評価していくスタイルは、社会に出た時に重要なスキルになるのではないでしょうか。
①~③と通して、
「かえつだから出来るんでしょ?」
新クラス見学者からは、このようなご意見が多いと耳にします。詳細はまた改めてご紹介するとして、「一人でもやりきる勇気がある人がいれば成し遂げられる」と佐野先生はおっしゃいます。新クラス担当の先生方はそのマインドをお持ちの方ばかりでした。
魅力を纏めるのにステイクホルダーインタビューをお願いした先生方
インタビュー順(別途インタビュー内容をご紹介していきます)
・佐野和之副校長
・古賀裕也先生(息子の3年間の担任)
・大木理恵子先生(教育部長・息子の1学年上の3年間の担任)
・眞田祥子先生(かえつ文化の創造の場を司る図書館司書)
・石川一郎先生(かえつ有明高等学校の元校長)
3家庭での取り組みと息子の3年間の主たるプロジェクト
かえつ有明入学後の息子の変容を見ていると、親の私が変われば息子はもっと変容するだろうと想像できました。コロナ禍においてU理論とNVCを学ぶ機会を得て、先生の模倣をして親子関係を再構築。入学前の紆余曲折は教育ジャーナリストの中曽根陽子さんが纏めて下さったこちらの記事をお読みいただけると当時を感じていただけます。
脱・やらされる勉強で、世界をフィールドに活動する子に|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか - 中学受験ナビ (mynavi.jp)
「新クラス」の授業からインスピレーションを受け家庭に導入したものは主に以下の3点です。
①親も自分の興味分野を学ぶ
②親も正解がわからない時代だから子どもと対話して一緒に考える
③多様な人々との深い対話
子育ては日々未知との遭遇で、高校生を育てるのは初体験の連続。恐れを隠さず「高校生男子を育てるのは初めてだから私もよくわかってないで子育てをしている」と息子に告げたことで、フラットな関係性で対話ができるようになりました。対話するのにU理論のプロセスやNVCで学んだことを取り入れると、以前に比べ息子と話しやすくなっていきました。それまでの私は「親だからしっかり教育しなければ」と力が入って、息子にしてみれば面倒な母親だったのではないでしょうか。今は伴走者として居るように心がけています。息子は私とは違う志を持ったひとりの人間だと意識もしています。意識していないと、まだまだ偉そうに指導する癖が顔を出します。
私は会計の仕事を長年していて、その分野の事は息子にも教える事が出来ます。しかしながら、専門分野以外は無知な事も多く、息子がロードバイクに興味を持った時はトライアスリートの友人を紹介したり、息子と一緒にU理論を学んで自分自身や属する組織の変容について意見交換をしたり、深い対話をするのに必要な事はなんだろう?と問いを立てて二人で議論もします。その時間が楽しいです。
息子は高校3年間に数々の活動を行いました。一部抜粋。
・高校一年 【リハビリと無茶ぶり期】
①ANA主催「イノ旅」トライアルで宮崎県新富町の地域復興
②Learn by creationで対話のワークショップ共催
③バングラデシュのストリートチルドレン保護施設訪問
④100人の大人とつながるプロジェクト
・高校二年【チャレンジ期】
①生徒がイチからつくる修学旅行リーダー
②ストレングスファインダー ワークショップ開催
③100人の大人とつながるプロジェクト
④U理論講座受講
・高校三年【自立期】
①Ideal leaders(コンサルタントファーム) インターンシップ
②U理論講座受講
③100人の大人とつながるプロジェクト
④コネクション・プラクティス受講
⑤総合型選抜入試
息子にも新クラスで変容できた理由を聞いてみると、
「僕たちは総じて非認知能力が高いと推察していて、新クラスのクラスメイトとの関係性は深く、一般的な同じ空間にいるだけだったクラスメイトとは全く異なるものである。自分の弱みも強みも共有し共に三年間歩んできたことが理由としてある。それぞれの情熱値が圧倒的に高い場所に到達できている。」と。そして、変容できた大きな理由は以下の二つだそうです。
①新クラスのカリキュラムを信頼していて親も理解がある事。
②100%先生を信頼している。評価も判断もされずただ受け止めてくれるから。
ハーバード大学のロバート・キーガン教授の著書「なぜ 弱さを見せあえる組織は強いのか」に、次のような一文があります。新クラスの生徒たちは、自分を隠さず、価値のあることにエネルギーを費やしているから、情熱値が圧倒的に高い場所に到達できているのかもしれません。
本文より
ーほとんどの人が、本来の仕事とは別の「もう一つの仕事」に精を出している。お金ももらえないのに、その仕事はいたるところで発生している。
駆け引きをし、欠点を隠し、不安を隠し、限界を隠す。自分を隠すことに勤しんでいるのだ。思うに、組織でこれほど無駄を生んでいる要素は他にない。もっと価値あることにエネルギーを費やすべきではないのか?ー
4まとめ
コロナウィルス感染拡大は私たちが当たり前だと思っていた学校生活が行われない日常を経験しました。過去の延長線上に無い未来をいち早く察知していく力が必要になってきます。
どこでどんな人たちと時間を過ごしたいのかを子どもと一緒に対話すること、そして行動してみると「こういう方から学びたい」と、より明確化され、偶発的な出会いにも恵まれることを、新クラスを担当される先生方から学ばせて頂きました。
幸福学を研究されている慶應義塾大学の前野教授によると、
幸福感を得るのに、視野の広さ・つながりの質・友人の多様性・利他性・感謝・自己肯定感・やりがい・楽観性があげられています。
正しくその体験が出来た3年間でした。
「親が変われば子が変わる」と耳にすることが多い昨今、新クラスでは「子が変わるから親も変わりたい♪」とポジティブな内発的動機が沸き起こる気がしています。
ご紹介できたのはほんの一部。かえつ有明高等学校 新クラスの素晴らしさをお伝えし切れないもどかしさがありますので、続編もまた綴っていきたいと思います。
ここまでお読みくださりありがとうございました。