『悲しみの秘義』若松英輔(15)【花の供養に】
いやぁ、駄目だ。涙が止まらない。
石牟礼道子「花の文を 寄る辺なき魂の祈り」を引用した本章は、水俣病で亡くなった坂本きよ子さんが一枚の桜の花びらを拾いたくて縁側から転げ落ちて庭に這い出た、という話をきよ子さんの母親が石牟礼さんに伝えることが全てである。そして、石牟礼道子は『苦海浄土』を書く。
水俣病に関して、僕は苦い記憶がある。
小学校の道徳の授業で、水俣病を取り上げられた時、見たこともない体の痙攣や捻り曲がった手足を目にして、僕らは「なんだ、あれ」と言って笑った。もちろん。僕も大笑いした。悪気があって笑ったのではなく、驚いて笑ったのである。たぶん、笑わないと怖くて仕方なかったのではないかと思う。そして、普段は温和な担任が、珍しく大きな声で僕らを叱り、涙を流しながら水俣病について話した光景は、40年以上経った今でも鮮明に覚えている。
本章を読んで、改めてあの日の僕を後悔している。