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エッセイ 【好きな動画】
この頃、猫の動画を比較的に観てしまう。飼っているということもあるのだろうけど、そういう癒しの動画が好きか?と言われるとそこまででもない。TikTokなんか正直いうと、ダンスとナルシストの自慢と教育商材とエロスがほとんどで(笑)でもそれがくだらなく面白くて観ている感がある。
猫の動画も多く、飼い猫をひたすら流す動画や、のら猫を助けたものが多い。たくさんの保護猫が病院で治療され、ご飯を与えられ、家猫として元気に暮らしていますという動画をみると何故かホットする。
コメントで多いのは「助けて頂いて有難うございます」でまるで自分のことのように助けられた猫の幸せを感じれるのは、まだ世の中捨てたもんじゃないなと感じれる気もしてくる。
そんな中ですごく好きな猫の動画がある。三本足の猫のポッキーという猫の動画で主人が経営するネイルサロンの看板猫としての生活が動画になっている。
片手で『かまって』とお願いしたり、お店まで主人と通ったりする動画なのだけど、スコティッシュフォールドだろう片手のポッキーは本当に可愛くて、ずっと見てしまうのだ。50歳過ぎた親父がこんなのを観ていると知ったら、ポッキーもビックリかもしれないけれど(笑)
自分も猫を飼っている。動画を観て思うことは、人って好き嫌いあるんだよなって思うことで、猫をみていても「かわいい」と「かわいくない」というのがある。これは不思議なのだけど、映像をみているとよくわかる。
この前、元乃木坂の生駒里奈さんが「可愛い女子が映像化を(商品)されてアイドルになったりした時点で、アンチコメントを流してもいい風潮ってあるけど、アイドル(商品)でも人格というのはあって」という意味のことを言っていて、そうだなと思ってしまう。
SNSに映像として流した時点でその猫たちはペットショップに並べられる「商品」として観ている自分があるんだってことを凄く寂しく思う。ただただ可愛いと観れない、素直でない自分や動画に自分の猫をあげたりできない自分(自分だけのもので)と思ってしまう卑屈さみたいなものを感じながら、テトの頭を撫ぜている。