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2021年2月11日『僕すらもいない町』

 地元に帰ってきた意義を見い出したくて、とにかく行動を起こそうとしている。命綱一本で空中にぶら下がっているような状態なのか、はたまた、もう命綱も千切れセーフティネットも破れて崖の下に転落した状態なのか。答えは知りたくない。

 22年もこの町に住んでいるくせに知らないことが多すぎる。そんな自分に立腹しながらも、まだ立ち入ったことのない地元の喫茶店に行ってきた。小学校の最後の2年間と中学校3年間通った学習塾の近く、通塾する度に通った道にあるのだが、当時の私は果たして目に入らなかったのだろうか。見事な伏線回収だ。

 私が入店すると、同時に窓際で黄昏れていたおじいちゃんが慌てて立ち上がった。私が穏やかなひと時をぶち壊してしまったようで申し訳ない。岸部シロー似の少し不愛想なマスターだが、店内にはコーヒー豆の匂いが立ち込めていて心地よい空間だった。『バレンタインブレンド』という期間限定のブレンドコーヒーを注文、チョコの香りでもするのかと思ったが特にそういうわけでもなく、ただの美味しいコーヒーだった。

 しばらくすると白髪の老爺が入店してきた。どうやらマスターと顔なじみのようで、先客の私がいることなど気も留めずに一方的にマスターにまくしたてる。マスターも気の抜けたような相槌を打ちながら、コーヒーを出していた。いつからこの店が存在しているのかわからないが、その老爺がマスターにお礼を言っていたのが印象的だった。かなり昔の功績に礼を述べていたような感じだったので、もしかしたらこのマスターは実はすごい人なのかもしれない。はるか昔にバンドをやっていたり、借金の末に破産した経歴があったとしてもおかしくない。

 日が落ちて町全体が藍色に染まり始めた。かつての友人はもう誰もいないこの町。河川敷、公園、友人が住んでいたマンション、ファンキーなカラーリングの謎の建物、もう訪れることはないのかもしれないが、それらの歴史の一部に私が少しでも貢献できていたのなら、それは喜ばしいことだ。

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