来る年を占うバルバラの枝
「聖バルバラの日に活けた花がクリスマスに咲くと翌年は幸せに過ごせる」ー。冬の寒さが厳しくなり、植物も深い眠りに入った12月。4日の聖バルバラの日にちなんでレンギョウや梅、桜、柳、リンゴといった春咲きの木の枝をいけ、来たる年の吉兆を占う風習がドイツの一部で残っている。
時は紀元300年頃、キリスト教が禁止されていたニコメディア(現在のトルコの都市イズミト)での出来事。美しいバルバラを娘に持つ商人の父親は、求婚者を近寄らせまいと仕事で旅に出るたびごとにバルバラを塔に幽閉した。その間にバルバラは禁じられていたキリスト教に改宗。怒った父親はバルバラを告発し、父親は彼女を拷問するだけにとどまらず自らの剣でバルバラを処刑した。その直後に父親も雷で打たれ即死したという。彼女が牢屋に引っ立てられた際に衣服に引っかかった桜の枝を自分の水差しに挿し、死刑場に連れて行かれるその日に桜の花が咲いたーという言い伝えが17世紀から知られるようになったバルバラの枝と呼ばれる風習を生み出した。
教会的にはバルバラの信仰心の強さを強調するとともに真冬に花を咲かせることで新しい命の誕生と自然の摂理を越えた救世主の誕生というクリスマスの意義を強調するのに使ったらしい。占いの要素が加わったのは人々の遊び心からだろうか。
言ってみればおみくじのようなもの。単に吉凶を占うだけでなく、家族銘々が好きな枝を選んで咲いた花の美しさを競うことで来年の運をはかったり、未婚の若い女性が言い寄ってくる男性陣の名前を書いて自分の結婚相手を占ったりと色んなやり方があったよう。(後者はもてないとできないことですが・・・)
日々の労働に追われる人々が慌ただしい年の瀬に、少しでも楽な暮らし向きを願ってバルバラの枝を活けたのだろうかと想像が膨らむ。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。私も昔の人にならって未来を占ってみたい、新しい年の幸運を手繰り寄せたいという気持ちになった。
市場などではあらかじめ切って束にされた枝が売っているので手軽に購入することもできるが、家の近くで伐採された梅の枝があったのでそれをもらい、あとレンギョウを切って試してみることに。
来年はいい年になるかな、とちょっぴりドキドキしながら水を入れた花瓶に枝を入れた。(後で本で確認したら、正式には切るのでなく望みを心の中で唱えつつ手折るらしい)。
クリスマスまでの20日間で確実に花を咲かせるにはトリックがある。秋の終わり頃には形成されている花芽に冬の寒さを体感させ、室内の暖かさで春が来たように思わせればいいのだ。
すでに雪も降るほど寒い日もあったのであえて必要はなかろうと思いつつも、夜の気温が零下を切っていたので二日二晩、ベランダに放置して霜をあてた。(冷蔵庫に入れてもOK)低温処理を施した後は、部屋の日の当たる暖かい場所に花瓶を置いてにらめっこ。
セントラルヒーティングの効いた現代の住宅ならば室温をあげるのは造作もない。温水につけるのも一つのテクニックだ。けれど今回はあえて昔の人のように太陽光と水だけに頼ることにした。
朝起きてはなんの変化もない枝の芽を見てはがっかり、というのが何日も何日も続く。昔の人もきっと私と同じように面白がりながらも、実はすがるような気持ちで自分の枝を見つめていたに違いない。
そうして水を取り替え、時に花瓶の位置を移動したりと手塩にかけたバルバラの枝は24日に見事に咲いた、
となればよかったのだが現実はそんなに甘くない。レンギョウの黄色い花はもう開かんとするばかりになっていたものの、つぼみのままでクリスマスを終えた。ようやく可憐な花びらをのぞかせてくれたのはクリスマスがあけた27日。ガックシ。でも真冬で咲く黄色い花を見ていると、春までもうちょっとの我慢だよとささやいてくれるようで心が華やぐ。梅は全く反応せず。
仕方ない。結局マイペースな枝は、小正月のお飾りをかける枝としても利用させてもらった。
レンギョウの最初のつぼみが開いた後、ふと思い立ってミュンヘンにあるバルバラ教会へ出かけてみた。トラムのバルバラ駅で下車し、バルバラ通りを下っていくと教会の壁に描かれた聖女の姿が見えてきた。背後には幽閉された塔もある。
キリスト教に帰依したことを示すように塔の窓の数は三位一体をあらわす3。そして手にした聖杯と聖餐式に使われるパン=ホスチアは、聖バルバラが鉱夫、消防士、建築家、石工といった職業の守護聖人であるだけでなく、ペストといった伝染病や病気によって不慮の死に見舞われた人の救難聖人であることを表している。
いわば人間の手に及ばない領域を彼女はカバーしているというわけか。
「何だって人間の思うようにはいかないから占っても無理よ」、とバルバラは馬鹿にするかもしれない。でもほんの少しでいいから自分の未来を知りたい、幸せになりたいと無力な人間は思ってしまうのだ。
このバルバラの枝を試したのはコロナでロックダウン下の2020年のことです。静かな街を歩くたびに「来年はきっといつもの光あふれるクリスマスシーズンになっているはず」と確信していました。 なのに...。2021年冬のドイツ、そして世界はまたしても見えない敵に翻弄されています。こうなると毎年変わり映えがしないなあ、なんて文句を言っていたクリスマスマーケットさえ懐かしい。来年こそは穏やかな日常が世界中に戻りますように、そう祈りながらバルバラの枝を今年もいけてみようと思います。
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