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ミュンヘンのビール大根をさがせ

えっ、また大根?以前の大根の記事を読んだ人にはそう思われるかもしれない。別に大根が大好物というわけではない。けれどもドイツで大根をみるとどうにも応援したくなるのだ。みそ汁や煮物など和風の料理を作る時にとっても重宝する食材だからと思う。大根がスーパーで並んでいるのを見ると、野菜と人間の壁を越えて「君も俺も異国でともに頑張る同胞だな」って肩でも叩いてやりたくなる。

 でも調べてみたら大根の原産地は地中海沿岸地域から中央アジア。つまり日本人から同胞扱いされるなんて大根からしたら心外だろうが、何てったって8世紀頃からの長ーいおつきあい。もはや日本人の食生活に欠かせない存在なんだから大目にみてもらおう。

「ミュンヘンのビール大根」を探す旅もそんな感じで、同じ故郷から上京してきた学生さんにお節介を焼く下宿のおばさんのごとく、ついつい乗りだしてしまった。

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ミュンヒナーキンドルが手にするのは丸い大根

ビール大根に気づいたのは毎年ミュンヘンで9月下旬から10月頭にかけて開かれる世界最大のビール祭り、オクトーバーフェストがきっかけだった。会場手前の正門を見上げてみると「ようこそオクトーバーフェストへ」と書かれた看板の上にミュンヘン市のワッペンに描かれているマスコット的存在の修道僧、「ミュンヒナーキンドル」が立っている。

普段は左手に(市の権利を記した)誓約文書を持ち、右手は誓いのジェスチャーをしている。それがオクトーバーフェスト仕様では、左手にビールジョッキ、右手に大根を手にしている(ソーセージではないぞ!)。その大根にズームしてみると形がずんぐりむっくりしているのが見えるだろうか。

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色んな所でオクトーバーフェストに合わせたミュンヒナーキンドルを見かけるのだがどれもこれも大根の形が少し聖護院大根を彷彿させる。

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「いやだー、大根じゃなくてカブじゃない。ドイツ人は大根とカブの区別もつかないんだ」ー。なんて当初は思っていたのだが、それはビールのお供は大根というバイエルンの方程式を知らなかったから。


ただどの説明を読んでもカブとは書いておらず「ビール大根」とあるのがだんだん気になりはじめた。こんな大根あったっけ?普段見かけるのは細長い大根だ。赤い人参を彷彿させるような変わり種も見たことはある。でもこんな丸みのあるのはどの市場やスーパーでも見たことがない。そこでミュンヘン市中心部に立つ「ヴィクトリアンマルクト」に出かけてみることにした。

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ミュンヘン市民の応接間で丸いビール大根を探す

平日と土曜日に開かれているこの市場は、「ミュンヘン市民の応接間」と呼ばれている。お値段は少しはるもののお客さんを招くときなど、ここぞという時に出すような変わった食材も扱っている品ぞろえの豊富さで知られている。だから普通の市場で見かけずともここでなら「ビール大根」も手にはいるだろうとふんだのだ。


野菜の販売店も何軒か立っているので、片っ端からチェックしていった。ただ「ビール大根」と書かれてはいても三浦大根の小型版のように、太いけれどやはり細長い。ビール大根の定義をビールのおつまみとしての大根という意味にとるならばどんな形であっても大根であれば正解なのだろう。


4軒目のテントで野菜を売っている女性に「ビール大根を探しているんですけど・・」と尋ねたらやはり三浦大根のようなのを指さされた。「ミュンヒナーキンドルが持っている大根はかなり丸いですよね、あんなのが欲しくって」と畳みかけてみたものの「ない」と一刀両断されてしまった。

ないのならば仕方ない。でもなぜ誰もミュンヒナーキンドルの持っている大根が、目の前で売られている大根と形状が違うことに疑問を抱かないのか。周りのドイツ人にそう訴えてもどうも反応が鈍いというか、関心がすこぶる薄い。君たちにとって大根ってそれだけの価値しかないのか...(涙目)

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オクトーバーフェスト博物館で大根チェック

ミュンヘンのビール文化にも関わる一大事かもしれないのにー。不満ともどかしさを抱きながら、ビール大根のヒントを得ようとヴィクトリアンマルクトから歩いて2分の所にある「オクトーバーフェスト博物館」に向かった。ビールがメインの展示なのだが、この際ビールはどうでもいい。大根だよ、大根、と半ばふて腐れながら階段を上って展示品を見て歩く。


初っぱなに19世紀の居酒屋シーンを再現した人形のセットがあった。テーブルには大根と思しき丸いものが見えるがなんとも小さい!3かじりしたら平らげてしまいそうな大きさだ。1840年前後に描かれた静物画も何点か並んでいるが、テーブルに置かれた大根はやはり小さい。ミュンヒナーキンドルが持っているのとはどうも違うような気がする。大根でもカブでもなくってパースニップようにも見えてきた・・・・もう何が何だかよくわからん。

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どんどん先に進んで展示が現代の物になったところで「ビール大根」をモチーフにした品々を飾ったガラス棚を発見した。大根をかたどったビールジョッキ(ちょっと顔がコワイ...)、大根にまたがってジョッキを掲げる民族衣装を着た女性の絵葉書、ミュンヒナーキンドルの人形などなどが飾られている。この棚の中のは、すべて探しているような丸い立派なビール大根の形をしていた。

農業省のホームページで「ミュンヘンのビール大根」を見る

博物館を後にしたが、探しものが見つからないもやっとした気分が続いた。それからしばらくして、ふと思いついて方言でミュンヘンのビール大根を意味する「ミュンヒナービアラーディー」(”Muenchner Bierradi”)をインターネットで検索してみた。

すると連邦農業省のサイトにヒット。「ミュンヘンのビール」という品種名で大根の写真が出てきた。「おっ!」ー。思わず声が出たのはずんぐりむっくりしたミュンヒナーキンドルの持つビール大根にとても近かったから。

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ページを見ていくと「ミュンヘンのビール」は「ミュンヘンのビール大根」というカテゴリに分類された大根の品種の一つで、このカテゴリには1885年から2000年まで様々な品種名で75種類が登録されている。中には1820ー40年代の絵に描かれていたようなこぶし大くらいの小さい大根の写真もあった。品種名は「ミュンヘンの白い冬」。葉っぱに比べると食用の白い部分は小さく長さ12センチほどだろうか。。

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このリストでは「ミュンヘンのビール大根」というカテゴリー全体がレッドデータリスト、つまり絶滅危惧種として記載されていた。伝統野菜の品種保護事情については知らないので推測でしかないのだが、輸入大根が入ってきたり、人々の嗜好が変わっていくうちに「ミュンヘンのビール大根」は需要が減って市場から消えていったのではないかと思う。

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「ミュンヘンのビール大根」の種をついに発見!

「ミュンヘンのビール大根」は幻か、と思い始めた時に突破口が訪れた。ビール大根への思いが断ち切れずに出かけた老舗の種苗店で種を見つけたのだ。

種のコーナーで袋をチェックしていくと、並々とグラスにつがれたビールの右手にどっしり丸く、先端だけがとがった丸く小振りの大根の写真が載っている袋が目に飛び込んできた。サラミの輪切りとカットされた大根が盛られた皿も写っている。大根の品種は「ミュンヘンの白い楕円」(”Ovale blanc de Munich”)。


続いて別の会社の袋にはビールこそは写っていないものの、同じ品種名で、「ミュンヘンのビールタイプ」と書かれている。説明書きには「人気の高い、楕円で白く、大きな秋冬用のビール大根。冬季の保存にも最適」とある。


二袋とも、ミュンヒナーキンドルが持つ太っちょ大根にそっくりだ。2袋買って家庭菜園をやる同僚に植えてもらう手はずを整えた。(我が家はベランダなので残念ながら根物野菜の栽培は難しい。。。)


そして待ちに待った10月の収穫時期を迎えた。長い普通の大根が出てきたらどうしよう、、、少し不安になりながら農業用フォークでぐいっと掘り出した。泥をはらってやると、種の袋の写真のような真っ白な美しさにはほど遠いもののかなり似ている。(心の中で小躍りする)

思えばミュンヘンは少し掘ると氷河期時代の影響で砂利の地層だ。掘るとごろごろ小石が出てくるので細長いスラリとした姿の大根を育てるのは難しい。そんな生育条件があるから「ミュンヘンのビール大根」は太くて短かかったり、小型だったりするのかもしれない。

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家で早速試食してみると、市場で売られている今ドキの大根と比べるとかなり辛い。水気が若干少ないような気もする。昔、長野県でそばと一緒に食べた辛み大根の味を思い出した。

それにしてもどこにも現物が売られていなくて、このように種だけが残っているのはなぜだろう。辛いけれども、しっかりとしたたくましい大根の味わいがあって魅力的な品種なのに。ビールのおつまみとしてもう一度見直されてもいいのに・・・

品種を単に守るためだけのように存在しているこの種だって、いつかは消滅の危機を迎えるのではないかと心配になる。なんせ「ミュンヘンのビール大根の種を見つけたよ!」とうれしさのあまり会う人ごとに触れ回ったのだが、「ふふん(物好きだよね、どうでもいいじゃん)」的な反応しか返ってこなかったのだから。

ドイツでの大根の行方に気をもむ下宿屋のおばちゃんとしては心が安まらない。ミュンヒナーキンドルの格好をしてこの大根を片手に普及と広報活動をしてやろうか、とまで思い始めている。そして気をもむあまり「ミュンヘンのビール大根」の旅に心の中で終止符が打てないままでいる。

 
 


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