フローリストの彼女が退職した訳
Tさんは今年4月に退職した私の元同僚。庭師ではなく、フローリストの国家資格を持つ彼女は庭師の補助という形で仕事をしていた。清掃や落ち葉を集めるというのが仕事の主体であっても時には花を活けてクリエイティブなこともやらせてもらえたらというのが願いだったのだと思う。
ただ直属の上司は思いやりもなければ人の気持ちには全く配慮しない「氷の女王様」 。ハリポタに出てくるデスイ一タ一と呼んだ同僚もいたっけ。元から生きづらさや心の病を抱えていた彼女はそんな上司との軋轢に耐えかね、新しくやり直したいと退職していった。
***************************************************
そのTさんに退職直前「時間ができたら花束の作り方とか教えて」頼み込んでいた。そしてようやく6月初旬に我が家でプライベートレッスンを受ける機会が訪れた。
約2ヶ月ぶりに会った彼女は緑色のTシャツにかわいらしい麦藁帽子をちょこんとかぶって登場した。次の仕事を決めることもなく、「とにかく今の状況から逃れたい」と言ってやめていったから元気そうでちょっと安心。でも「どう?調子は?」と聞くと怒りのこもった口調で一気に話し始めた。
土曜日に会社から勤務証明書が送られてきた。けれどその中身がひどすぎて、これはどこにも提出することはできない。仕事を探すときにこんなものを提出できない、と。
日本ではなじみのない「勤務証明書」は転職活動の際には大事になってくる。これはそれまでの仕事の実績や勤務態度のようなものが書かれた、いってみれば通信簿のようなもの。さらっと読み流すと、無難なほめ言葉が並んでいるようにも見えても、実はその言い回しによって通信簿のように五段階評価が読みとれるようになっている。単に真面目に取り組んだ、では全然足りない。「非常に」「とても」とか、「このうえなく」といった修飾語がついていないと低評価ということになる。
この証明書は基本的には被雇用者の将来に不利にならないように、との原則が定められている。そしてもし内容に不満があったり、何かを書き加えてもらいたいという場合、通常は会社に掛け合って修正したり追加したりということが一般的に行われている。
ただし、今回Tさんに郵送されてきた勤務証明書にはメモ書きが添えられてあって、内容に異存がある場合は裁判に訴えよ、とのこと。失業中の彼女に裁判なんてお金のかかることはできない。しかも彼女はジョブセンター(職安)ともめるに違いないからと、失業手当さえ申請していないと言うではないか。
これを聞いて私の方がええっ、どうするんだよ、と思わずオロオロし始めてしまったが、ぐっとこらえてここはレッスンで彼女にも気持ちを切り替えてもらうことにした。
花瓶の汚れは重曹とお酢で、首が細い花瓶は細かい砂のような粒を入れればきれいになるとまずは基本のきからスタート。
花は私が用意したもの。ラムズイヤー、ヒペリカム、デルフィニウム
、モナルダ、ヤマブキショウマ、などなどちょっとひょろっと地味目さんが多い。下の葉を落とし、茎の先に斜めの切り口を入れて下処理をする。
「主役っていうか、私をごらんみたいなディーバ(歌姫)みたいな花があると最初はまとまりやすいんだけどね。でも今回のように野の花みたいな自然なのを集めたのが私は大好き」と言いながら彼女は手際よく、らせん状に花を束ねていく。「続きをやってみて」とバトンタッチされ、私の手元と、時々花束を下げて全体の配置が決まっているかじっとチェックされる。
彼女の説明はとても分かりやすい。ぐっと力の入ってしまう私の指を「ほらほら、もっと優しく持って」とたしなめつつ、「いい感じ」よと
ほめてくれる。
こんなにうまく教えてくれてセンスもあるんだもの、別の所でパートでもいいからフローリストとして再出発したらいいじゃん、絶対できるよ、と思うけど彼女は花屋で働くつもりはないと言い切る。どうやら以前の職場でもイヤな目にあったらしい。全く別の分野にチャレンジしたいらしいのだが「自分に自信がもてないのよ。だから何かをやろうと思いついても、ハードルにおびえてしまうの」とも。
それを聞いて私も、己の尺度で人の心の中を測ったり、軽く口にしてはいけないのだと言い聞かせる。彼女が心に抱えている不安や揺れは他人ごときが勝手に大したことないじゃんと決めつけられない。
残業も少ないし、他人は他人、自分は自分と割り切るし、ワークライフバランスだってばっちりとれる社会であっても、心の病を抱える人はドイツで年々増えている。ある保険会社の調査によると、大人の約三分の1が心に問題を抱えている、あるいは過去に抱えていたという結果が出ている。
心の病と一口にいっても、鬱病、燃えつき症候群、摂食障害だったりその中身は様々だったりする。ただそれを誘発したのはプライベートな問題ではなく、仕事と答えた人が多かったというのは注目に値する。
調査によるとホームオフィスと仕事場に出勤する形を組み合わせたハイブリッド型の働き方をする人たちにはメンタルヘルスをやられる人は少ないようで、つまりは仕事上での人間関係が作用している可能性がかなり高いのだ。
花瓶に花を活け終わってこれからの彼女の話に耳を傾ける。彼女はまだ38歳、人生のまっただ中にいる。新しい道に向けて一歩踏み出したいと、意欲は満々なのだ。なのに、どうして会社は彼女に使うことのできない勤務証明書を送りつけたのだろう。
「氷の女王様」に耐えかねて確かに病欠は多かったにせよ、もっとプラス面にクローズアップした内容にして、白旗をあげて退職していった彼女の前途を明るいものにしてあげることはできなかったのだろうか?またもや悶々としてしまった。
次回のレッスンではハーブを使ったブーケを習おうと思っている。今はささやかな謝礼しか渡せないけれど、もうちょい弾むことができるよう、私もがんばるからねと心の中でぐっとこぶしを握りしめながら帰って行く彼女を見送った。
、