Maison Martin Margiela
デザイナー
名 マルタン・マルジェラ
1957年4月9日 ベルギーのヘンクで生まれ。
経歴
16歳:16という若さでデッサン学ぶ
1977年:アントウェルペン王立芸術学院(ファッション科専攻)に入学
のちアントワープ6の一人として学生生活を送っていた。
1979年:アントウェルペン王立芸術学院を卒業後フリーランスのデザイナーで活動
1983年:ゴールデンスプール賞を受賞
↓受賞した時のデザイン画
1984年【転機】:1984年に観賞したジャン=ポール・ゴルチエのショーに感銘を受け、ゴルチエのアトリエに入る。以後ゴルチエのもとで
1984年~1987年までデザインアシスタントとしてキャリアを積む。
1988年:自身のブランド「Maison Martin Margiela」を
共同設立者ジェニーメイレンスと2人で立ち上げた。
翌年1989年パリコレクションにデビュー。
1997年~2004年:ファッションブランド「Hermès」(女性向けコレクション)のデザイナーに就任。※俗に言うHermèsマルジェラ期
のち2004年にHermèsから離任後、継者として師であるジャンポール・ゴルチエが就任
2003年:買収の波に飲み込まれ、ディーゼルの傘下に
のちジェニーメイレンスがMaison Martin Margielaを売却それと同時に業界から身を引いた。
内部でも状況の変化により何かしらの歪みが起こり、ブランドの軸が崩れ始めた。
2008年:映画によるとショー直前リアーナというモデルのフィッティングをしていた時に突如姿を消した。
2009年:マルタンがMaison Martin Margielaを正式に辞任したことをディーゼルの創業者レッツォ・ロッソが発表した
その後のMargiela:個人に向けて細々と服作りをしているとか。
アントウェルペン王立芸術学院
アントウェルペン王立芸術学院(アントワープ王立芸術学院)
は世界最大ファッションスクールの一つ。
毎年100人前後の入学生がいるのに対し最終的に卒業生は10分の1程度
と言われている。
過酷で入るのも出るのも難しく厳しい学校、ここから輩出された有名デザイナーは多い。
ここから輩出された人物たちやベルギーを拠点にするデザイナーなどが
アントワープ派と呼ばれることがある。
主な卒業生
Raf Simons
Dirk Bikkembergs
Dries Van Noten
etc...
アントワープの6人
アントワープ王立芸術学院出身の6名+1名のファッションデザイナーの総称
メンバー
アン・ドゥムルメステール
ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク
ダーク・ヴァン・セーヌ
ダーク・ビッケンバーグ
ドリス・ヴァン・ノッテン
マリナ・イー
+マルタン・マルジェラ
1980年代当時のパリコレクションにて一世を風靡していた
「コムデギャルソン」(川久保玲)の影響を受けた6名が共同でロンドンの「The British Designer's Show」にてコレクションを出展、それが注目を集めたことをきっかけにこう呼ばれるようになった。それからアントワープは世界中から注目されるようになったとか....
カレンダータグ【コレクションライン】
マルジェラの服や小物には、通称「カレンダータグ」という0~23までの数字が明記された物がタグの位置に縫われており〇の位置でどのコレクションの物か読み取ることができる。