生きるために詩を書く

立て直そう。このまま生きていては、私は、生きていけない。『はじめての近現代短歌史』という本の第二部第三章「昭和の短歌1(〜昭和二〇年)」第六章「戦争と短歌」そして第七章「戦場と軍隊と」を読んで、泣いてしまった。し、泣かなかったにしてもなかなか、私は私を落ち着けられなかった。し、私は再考を迫られたようにも思われる。考えることに逃げることはよくないかもしれないが、考えることで少しだけ、爽やかな気持ちを、盛り上げていきたい。

問いはこうだ。関係ない部分もあるかもしれないが引用しよう。ちなみにあまり時間がないので読みにくくなっていたら申し訳ない。生きるために詩を書く。そんなことがあり得るのだ。

戦場と軍隊の歌をまとめて読むと、こんな歌を読むために短歌をやっているわけではないと思うかもしれません。私は引用歌をまとめながらへこたれました。作者の方もきっとこんな歌を詠むために短歌をはじめたわけではないと思います。
何のために短歌を含む創作物を読んだり作ったりするのかは、ここで答えを出せる問いではありません。戦争を経て、それでもなぜ創作をするのか。この問いは問われることなく、戦後生じた短歌否定論は、歌人の戦争責任を問う方向に進みました。

『はじめての近現代短歌史』135頁

私は「何のために短歌を含む創作物を読んだり作ったりするのか」についてぼんやりと考えています。ぼんやりいつも、考えています。そして、それを「戦争を経て、それでもなぜ創作をするのか。」というふうに問うこともレーヴィ、アドルノ、レヴィナスといった人から少しだけ学んだことがあります。しかし、私はまったくそれがわかっていなかったのです。たぶん。

「作者の方もきっとこんな歌[=「戦場と軍隊の歌」:引用者]を詠むために短歌をはじめたわけではないと思います。」ということ、それは本当にそうで、しかしそれでも詠んだ。もう少し広く言うなら、それでも作った。それについて、私は考えなければならないのです。

私は「記憶のために詩を作る」というようなことを、おおまかに考えていることを言うときには言っています。いつも。けれども、それは、

わざわざ、あれらを、思い出すために「詩を作る」、それはよくわからない、いや、わかるにはわかるような、そんな気がしますけれど、私がうんとかかんとか、言うことではありません。

言えそうなことはありますが、言いたいことはありません。そう思うと今日は、阪神淡路大震災の日でした。

このことを書くかは迷いました。雑な連想ですし、それでなんとかかんとか、災いを一括りにしてぽーい、と、わざと「ぽーい」と捨てる、そんな私の浅さ、そしてその奥に深さがあると思わせたい、そんな私の更なる浅さを見ることになると思ったからです。

書かないほうがよかったのかもしれません。

ヒントというか、一つ、ポイントを押さえてみましょう。世界からどういう音が鳴るかはよくわかりませんが、誰が弾くのかも、この楽器がなんなのかも、私にはわかりませんが。

ポイントは詩歌、に限らず、作品、と呼ばれうるものすべてが、「一回性と反復」の「と」に、落ち着けること、落ち着けないにしてもそれは「と」のもとにともにあること、それを可能にしているということです。「反復」に行き過ぎるのは端的に暴力ですし、しかし端的な暴力である「一」を「一回」に、「一回性」に、変えられるのも「反復」です。そういうことなのです。たぶん。

私のこの感傷の危なさも、私は知っているつもりです。しかし、感傷を避けることもまた危険なのです。私はそう思うのです。だからヒーローにもプリンスにもキングにもならず、ただうなだれるばかりなのです。

まだ朝でよかったかもしれません。いや、そんなことはないかもしれません。わかりません。

解決はしませんでしたが、とりあえず時間なので終わりましょう。

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