『美とミソジニー』出版をめぐって
『美とミソジニー 美容行為の政治学』シーラ・ジェフリーズ(著) GCジャパン翻訳グループ(訳) 慶應義塾大学出版会 2022年7月16日発売
は、出版や展示や販売にあたってさまざまな出来事が観測でき、なかでも書店に対して抗議があった件はアベプラでも取り上げられ、『「差別本を売るな」 書店への“撤去要求”が波紋 「書店側でバイアスをかけるほうが問題」「全ての本を理解するのは無理」な中での対応は』というタイトルでYahooニュースにもなった。
リンク切れになったときのためにYahooニュースの魚拓も載せる。
アベプラではこの本が書店に対して“撤去要求”されていたことが取り上げられていたが、そこに至るまでにもさまざまな経緯があった。
出版前/出版直後の評価
まず、この本は出版前や出版直後から、学者や研究者や文筆家を名乗る影響力のあるアカウントを中心として、以下のような評判が広められていた。
Ladyknows gallery 展示「私たちの解放区」
arcaが運営するLadyknowsによる「私たちの解放区」(2022年8月6日~7日、渋谷にて開催)というイベントにおいて、フェミニズムの本が展示されている写真のなかに『美とミソジニー』の背表紙が確認できたことがきっかけとなって、(株)arca CEO /クリエイティブディレクターである辻愛沙子さんに「早急な対応」を要求する以下のようなツイートが、以下の写真が載っている元ツイート(※現在は削除されている)に対し引用RTで寄せられた。
『美とミソジニー』がどこにあるかお分かりだろうか……
槍玉に挙げられている『美とミソジニー』のピンクとオレンジの背表紙と黒の帯が映っているのは1枚目である。(1枚目に写っている31冊中の1冊、4枚の写真で紹介されている合計79冊中の1冊)
個人を糾弾したいわけではないので、どんな批判が寄せられたのかはスクリーンショットではなく文面を載せよう。
【補足】ちなみに、このツイートに添付されている写真にも『美とミソジニー』の背表紙が映っているのだが、このツイートに対しては今のところ何の批判も寄せられていない。
話を元に戻そう。
これらの批判的な多くの「ご意見」に対し、辻愛沙子さんはツイートのリプライを連ねる形で何度か返信していた。
(2022年8月7日午後11:08)
(2022年8月9日午前1:44 )
そして早急な対応を要求した側から「辻愛沙子さんへの注意喚起とそのバックラッシュについて」という記事があげられた。
(2022年8月11日午前1:00ごろ)
さらに同じくトランスアライ側から「『正当な怒り』の火(「トランスカルト」と呼ばれる私たち)」という記事も追ってあげられた。
(2022年8月12日午後6:00ごろ)
「『トランスカルト』と呼ばれる私たち」というタイトルは「#TERFと呼ばれる私達」をもじったものだろう。
(※「#TERFと呼ばれる私達」は個人出版のためにクラウドファンディングで資金を集めていたものの、クラウドファンディングを運営する企業に対して、この企画は差別的だという「ご意見」が数多く寄せられ、発案者と運営企業との折り合いが上手くいかなかったためか、クラウドファンディング初日に資金調達できて達成していたのにもかかわらず中止となったプロジェクトの名称である)
※詳しい経緯は以下記事の「『#TERFと呼ばれる私達』出版のためのクラウドファンディング中止」に記載した。
そしてLadyknowsがnoteアカウントで
展示「私たちの解放区」内に置かれた書籍に関しての謝罪と今後の対応
という記事を掲載した
(2022年8月15日 17:18)
わたしの個人的な感想だが、まるで殺傷事件が起こったときの現場検証のような、時刻まで明らかにした詳細な行動報告に引いてしまった。
そもそも発端は「書店ですらなく、2日間のフェミニズムイベントで展示された本を撮影した写真のなかで、ある作者の本(『美とミソジニー』)が背表紙で確認できた」だからね????
いささか近視眼的すぎないだろうか…
8/6~7にかけて行われたイベントで、辻愛沙子さんが8/7~8/9にかけてリプライで返信をして、会社からの最終的な謝罪文が出るのが8/15というスピード感もすごい。
わたしは辻愛沙子さんが繰り返し何度も何度も謝罪文を提出してはダメ出しをされる光景を見ていたのだが、正直いってここまで頭を下げさせるのは支配欲が根底にあるのではないかとすら思う。
その過程を見せつけられているだけで無力感を覚えているし、そんなフェミニズムにはもうついていけない。
わたしは何度も「トランス差別」に関してこういった謝罪させられる光景を見ているが、ほとんどの場合が女性だ。
男性に対しここまで執拗に謝罪を要求された場面はほとんどなかったのではないだろうか。
こうやって女性が何度も謝罪させられてるのを他の女性がTwitterで目にすること自体も口を塞ぐ効果があって有害だと思う。
わたしは女性の裸をアイキャッチとして用いていることのほうがよほど気になった。
(Ladyknowsさんは上記noteで相当な謝罪をした後なのをわたしは十分に承知しているので、これは再度の謝罪を強いているわけではなく、ただ個人的な意見を述べただけです)
そのうえ、この謝罪noteのリンクを載せた辻愛沙子さんのツイートに対し引用RTでさらに謝罪を迫るような人も居た。
このツイート主はどこまで謝罪を要求するんだろう。
ここまでくるともはや店員を土下座させるモンスタークレーマーのようだ……
こんなツイートも目にした。
本の感想ツイートが「犬笛」…??
もはや本を買った報告や感想すら許されないのだろうか。
言論の自由はどこにいってしまったのだろう。
池袋ジュンク堂で『美とミソジニー』が陳列されていたことによる問い合わせ
【池袋ジュンク堂書店本店に『美とミソジニー』が陳列されていた件について】アライの方から池袋ジュンク堂書店担当者に抗議があった。
(2022年8月18日午後5:47のツイートと、本人によって添付された店員とのやりとりのメモ)
ジュンク堂書店のフロア担当者にこの本の取り下げを抗議したツイートは、「ジュンク堂池袋本店」という大きい書店相手という規模からか、他称TERFどころか普段フェミニストを嘲笑しているような層にまでリーチし、批判的な引用RTが600件以上寄せられることになって、本人は一時鍵垢になってしまった。引用RTがこんなにつくのはなかなかの炎上度である。(※現在、抗議者のアカウントは既に削除されている)
抗議者のメモのスクリーンショットによると
と店員が言ってたらしいが、抗議者が気に入るように内容が改訂されたら筆者の主張がまるきり変わってしまうのではないだろうか?
これは検閲であり、「出版の自由」の侵害なのではないだろうか?
【追記】
編集部の方いわく「変更する予定はないので安心してください」とのこと。
『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウム
シンポジウムに対する抗議
慶應義塾大学出版会からオンラインシンポジウムが2022年8月27日に開催される旨のツイートが投稿されたが、それに対し引用RTで多くの反対的な意見が寄せられていた。
本を出している文筆家も「さすがに一線を超えていると思う」と意見しており、
匿名アカウントも
などの意見を引用RTしていた。大変な責めようである。
Peatixのトップ画面から検索しても表示されない仕様
『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウムはPeatixを利用して参加申込をする形式をとっていたのだが、Peatixのホーム画面から検索してもイベントが出ない仕様になっていた。なぜだろう。
Peatixサポート曰く
>審査の結果、イベント検索結果への掲載はいたしかねるという判断となりました
>審査基準や内容の詳細についてはお答えすることはできません
とのこと。
上記のような問題はあったものの、『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウムは無事に開催され、チケット購入者には8月30日より9月6日24時まで限定でオンデマンド配信が行われた。
以上が『美とミソジニー』の出版・展示・販売に関してわたしが観測した出来事である。
なお、良くも悪くも評判になったせいか出版から2ヶ月で増刷されたそうだ。
わたしは『美とミソジニー』を購入し、読んだうえでこの記事を書いているのだが、ここまで辛辣に該当書籍を批判する人たちの中に、実際に読んだ人がどれくらいいるのかが気になるところだ。
批判者のなかには大学関係者・文筆家・批評家・研究者もいたが、一方的に「差別だ」と断じて批判するのではなく、批判があるならあるで慎重な議論をしてほしいと強く思う。