
『美とミソジニー』出版をめぐって
『美とミソジニー 美容行為の政治学』シーラ・ジェフリーズ(著) GCジャパン翻訳グループ(訳) 慶應義塾大学出版会 2022年7月16日発売
は、出版や展示や販売にあたってさまざまな出来事が観測でき、なかでも書店に対して抗議があった件はアベプラでも取り上げられ、『「差別本を売るな」 書店への“撤去要求”が波紋 「書店側でバイアスをかけるほうが問題」「全ての本を理解するのは無理」な中での対応は』というタイトルでYahooニュースにもなった。
リンク切れになったときのためにYahooニュースの魚拓も載せる。
アベプラではこの本が書店に対して“撤去要求”されていたことが取り上げられていたが、そこに至るまでにもさまざまな経緯があった。
出版前/出版直後の評価
まず、この本は出版前や出版直後から、学者や研究者や文筆家を名乗る影響力のあるアカウントを中心として、以下のような評判が広められていた。
慶應大学出版会はgender hurtsの著者Sheila Jeffreys
— Koji Yamamoto 山本浩司 (@Koji_hist) June 10, 2022
の日本語訳を出すのか。 同著者のGender Hurts(2014)が邦訳の必要のない拙劣な議論だろうことは複数の書評から推察できたけれど、それにしても心配だ。
APP研の森田成也による著書に続いて、また慶應義塾大学出版会@KEIOUP からトランス差別者の本が出るとのこと。
— selfishprotein 🧊 (@selfishprotein) June 9, 2022
著者のSheila Jeffreysは活動歴の長い人ですが、2018年にもUK議会内のイベントで明確にトランス差別の発言をしている。
15-Mar-2018 https://t.co/ESD550WSO5 (typoがあったので再投稿) https://t.co/RP7IufvJLR
シーラ・ジェフリーズは筋金入りのアンチトランスな人なので(だからこそ翻訳されてることも翻訳グループ名見ればわかるので)知らない人は気をつけてね。 https://t.co/BTkPovTdfK
— KOMIYA Tomone (@frroots) July 16, 2022
RTs シーラ・ジェフリーズの書籍の訳者グループに冠された「GC」は「ジェンダークリティカル」の頭文字と推測されますが、その名乗りは、トランスジェンダーに対する誤報を発信したり、偏見や差別を助長したり、そうした言説に影響を受けていたりする人と考えてまちがいないと思います。
— 鈴木 みのり (@chang_minori) July 17, 2022
「韓国脱コルセット運動の原点」と帯にありますが、「韓国におけるトランス排除言説/運動の重要な参考書」と紹介するのが適切では?韓国語版序文を執筆したクク・ジヘは著名なトランスフォーブだし、その序文を日本語に翻訳してるのはAPP研。慶應大学出版それでいいの?https://t.co/oOdefcsA5u https://t.co/bt6JKuVfiy
— ゲンヤ (@GenyaFukunaga) July 16, 2022
引用RTで紹介させてもらいます。『美とミソジニー』を買うまでもなく、シーラ・ジェフリーズがいかにフェミニズムやジェンダー研究の議論の蓄積を捨て去り、陰謀論に駆られ、トランス嫌悪を煽っているかがよくわかるエッセイです。読むに堪えないほどひどい内容なので、気をつけてください。 https://t.co/aT0B4gDcfq
— ゲンヤ (@GenyaFukunaga) July 17, 2022
Ladyknows gallery 展示「私たちの解放区」
arcaが運営するLadyknowsによる「私たちの解放区」(2022年8月6日~7日、渋谷にて開催)というイベントにおいて、フェミニズムの本が展示されている写真のなかに『美とミソジニー』の背表紙が確認できたことがきっかけとなって、(株)arca CEO /クリエイティブディレクターである辻愛沙子さんに「早急な対応」を要求する以下のようなツイートが、以下の写真が載っている元ツイート(※現在は削除されている)に対し引用RTで寄せられた。




『美とミソジニー』がどこにあるかお分かりだろうか……
槍玉に挙げられている『美とミソジニー』のピンクとオレンジの背表紙と黒の帯が映っているのは1枚目である。(1枚目に写っている31冊中の1冊、4枚の写真で紹介されている合計79冊中の1冊)
個人を糾弾したいわけではないので、どんな批判が寄せられたのかはスクリーンショットではなく文面を載せよう。
他の方も既に指摘していますように、トランス差別で有名な人物の著作(「美とミソジニー」です)」をフェミニズムの本として設置するのはトランスジェンダー差別をする人を増やす可能性があり、差別の助長につながります。忙しいのかもしれませんが、早めにご対応願います。
置かれている「美とミソジニー」は、トランスジェンダー差別主義者によって書かれ、トランス差別を推進する団体によって翻訳されているものです。排外主義者の本を置く場所が、安全だとは到底思えません。トランス差別反対の表明を出しながら、行動が一致していないのもこわいです。本当にアライ?
素敵な本がたくさんあるけど、『美とミソジニー』はトランス差別をする著者の本だから本棚から外してください。#私たちの解放区 #Ladyknows
他の方々も指摘しているように、「美とミソジニー」を本棚から取り下げて下さい。トランス差別反対を表明しているのなら、この本がトランス差別者によって書かれた本であることを説明し取り下げて下さい。知らなかったのであれば、説明訂正し、差別を助長しないよう注意喚起して下さい。
【補足】ちなみに、このツイートに添付されている写真にも『美とミソジニー』の背表紙が映っているのだが、このツイートに対しては今のところ何の批判も寄せられていない。
Ladyknowsの展示、2日間とも色んな方が来てくださって嬉しかった…。゚(゚´ω`゚)゚。
— 辻愛沙子|arca (@ai_1124at_) August 7, 2022
ご来場の半分くらいは男性だったのも印象的だった。
カップルの方や複数人のグループやお一人の方もいて、年齢もかなり幅広かったなぁ。
(LKメンバーのえのきくんが読書している空気が素敵だったので写真をば。) pic.twitter.com/gaBc793oJh

話を元に戻そう。
これらの批判的な多くの「ご意見」に対し、辻愛沙子さんはツイートのリプライを連ねる形で何度か返信していた。
(2022年8月7日午後11:08)
(2022年8月9日午前1:44 )
そして早急な対応を要求した側から「辻愛沙子さんへの注意喚起とそのバックラッシュについて」という記事があげられた。
(2022年8月11日午前1:00ごろ)
腐ったトマトで作ったスープが腐っているように、トランス差別主義者が書いた本はトランス差別的で、精読しなくとも目次を見ればわかる
さらに同じくトランスアライ側から「『正当な怒り』の火(「トランスカルト」と呼ばれる私たち)」という記事も追ってあげられた。
(2022年8月12日午後6:00ごろ)
あなたも正当な怒りを表明する被抑圧者の口を塞ぐ加担者だ。
「『トランスカルト』と呼ばれる私たち」というタイトルは「#TERFと呼ばれる私達」をもじったものだろう。
(※「#TERFと呼ばれる私達」は個人出版のためにクラウドファンディングで資金を集めていたものの、クラウドファンディングを運営する企業に対して、この企画は差別的だという「ご意見」が数多く寄せられ、発案者と運営企業との折り合いが上手くいかなかったためか、クラウドファンディング初日に資金調達できて達成していたのにもかかわらず中止となったプロジェクトの名称である)
※詳しい経緯は以下記事の「『#TERFと呼ばれる私達』出版のためのクラウドファンディング中止」に記載した。
そしてLadyknowsがnoteアカウントで
展示「私たちの解放区」内に置かれた書籍に関しての謝罪と今後の対応
という記事を掲載した
(2022年8月15日 17:18)
わたしの個人的な感想だが、まるで殺傷事件が起こったときの現場検証のような、時刻まで明らかにした詳細な行動報告に引いてしまった。
そもそも発端は「書店ですらなく、2日間のフェミニズムイベントで展示された本を撮影した写真のなかで、ある作者の本(『美とミソジニー』)が背表紙で確認できた」だからね????
いささか近視眼的すぎないだろうか…
8/6~7にかけて行われたイベントで、辻愛沙子さんが8/7~8/9にかけてリプライで返信をして、会社からの最終的な謝罪文が出るのが8/15というスピード感もすごい。
わたしは辻愛沙子さんが繰り返し何度も何度も謝罪文を提出してはダメ出しをされる光景を見ていたのだが、正直いってここまで頭を下げさせるのは支配欲が根底にあるのではないかとすら思う。
その過程を見せつけられているだけで無力感を覚えているし、そんなフェミニズムにはもうついていけない。
わたしは何度も「トランス差別」に関してこういった謝罪させられる光景を見ているが、ほとんどの場合が女性だ。
男性に対しここまで執拗に謝罪を要求された場面はほとんどなかったのではないだろうか。
こうやって女性が何度も謝罪させられてるのを他の女性がTwitterで目にすること自体も口を塞ぐ効果があって有害だと思う。
わたしは女性の裸をアイキャッチとして用いていることのほうがよほど気になった。
(Ladyknowsさんは上記noteで相当な謝罪をした後なのをわたしは十分に承知しているので、これは再度の謝罪を強いているわけではなく、ただ個人的な意見を述べただけです)
わたしとしては「私たちの解放区」で女性の裸(しかもわざとブラの跡が残っているような演出)がアイキャッチとして用いられていることのほうに盛大にモヤモヤしているよ pic.twitter.com/RSjoowMc10
— Gwen (@000Gwen) August 19, 2022
そのうえ、この謝罪noteのリンクを載せた辻愛沙子さんのツイートに対し引用RTでさらに謝罪を迫るような人も居た。

書籍全てに目を通せぬまま選書/設置が行われる➡少なくとも著者の情報はチェック可能なはず
展示物の整理をしている際、当該本が置かれていることに気づいたスタッフの1名が個人の判断で当該本を取り下げる➡エビデンス無しですし、その人が気が付かなければ置かれたままの状況でしたよね。
そして差別本が置かれていたにも関わらず取り下げただけでその情報すら共有されていなかったと言うのであれば、やはり団体として差別が引き起こす重大な人権侵害に関する認識が足りていないと思います。それはそのスタッフ個人ではなく団体としてまた、代表者として足りていないのだと思います。
再発防止策に関してはその通り実行して頂ければ問題ないのですが、その間に辻さんを擁護するようなツイートにいいねされていたこと、トランス差別ツイートにいいねされていたことに関しては未だに何も説明されていませんよね。そこ含めしっかり対応すべきだと思います。
このツイート主はどこまで謝罪を要求するんだろう。
ここまでくるともはや店員を土下座させるモンスタークレーマーのようだ……
『美とミソジニー』の感想のツイートとか、買いましたというツイートとかがちらほらあって、そうしたツイートでは直接的なトランス差別発言ははしてないのだけど、明らかにこれは「犬笛」の機能を果たしている。
『美とミソジニー』にトランス差別の内容があること、著者や翻訳グループがトランス差別を積極的に行っている人たちであることには一切触れずに、この本がまるで問題のない良書であるかのように拡散されている。
こんなツイートも目にした。
本の感想ツイートが「犬笛」…??
もはや本を買った報告や感想すら許されないのだろうか。
言論の自由はどこにいってしまったのだろう。
池袋ジュンク堂で『美とミソジニー』が陳列されていたことによる問い合わせ
【池袋ジュンク堂書店本店に『美とミソジニー』が陳列されていた件について】アライの方から池袋ジュンク堂書店担当者に抗議があった。
(2022年8月18日午後5:47のツイートと、本人によって添付された店員とのやりとりのメモ)
【池袋ジュンク堂書店本店に『美とミソジニー』が陳列されていた件について】
— じゅごん (they/them) (@DugongdugongR) August 18, 2022
書店担当者に抗議しましたが、まともに取り合ってもらえませんでした。
私は差別を煽動する本、差別主義者によって作られた本を売っている書店に抗議します。#トランス差別に反対します #TransRightsAreHumanRights pic.twitter.com/pjThvV5H6q



ジュンク堂書店のフロア担当者にこの本の取り下げを抗議したツイートは、「ジュンク堂池袋本店」という大きい書店相手という規模からか、他称TERFどころか普段フェミニストを嘲笑しているような層にまでリーチし、批判的な引用RTが600件以上寄せられることになって、本人は一時鍵垢になってしまった。引用RTがこんなにつくのはなかなかの炎上度である。(※現在、抗議者のアカウントは既に削除されている)
抗議者のメモのスクリーンショットによると
「版元からは、出版社が色々意見を受けて中身の改訂を検討しているとは聞いている」
と店員が言ってたらしいが、抗議者が気に入るように内容が改訂されたら筆者の主張がまるきり変わってしまうのではないだろうか?
これは検閲であり、「出版の自由」の侵害なのではないだろうか?
日本国憲法
第二十一条
一項、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
二項、検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
【追記】
『美とミソジニー』の内容変更しないでくださいとご意見送ったら、「変更する予定はないので安心してください」と編集部の人から返信が来た…!
— kirillov (@ssv030) August 22, 2022
編集部の方いわく「変更する予定はないので安心してください」とのこと。
『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウム
シンポジウムに対する抗議
『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウム』
— 慶應義塾大学出版会 (@KEIOUP) August 15, 2022
「美しさ」は誰のために?――フェミニズムの現在地
2022年8月27日(土)午後1時半~3時半
司会:森田成也
パネリスト:千田有紀、キャロライン・ノーマ、パク・ヘジュン https://t.co/3ufvZCePaU
慶應義塾大学出版会からオンラインシンポジウムが2022年8月27日に開催される旨のツイートが投稿されたが、それに対し引用RTで多くの反対的な意見が寄せられていた。
ちょっとこれはさすがに一線を超えていると思う。
— レロ/中村香住🏳️🌈@アイドル葛藤本 発売中 (@rero70) August 17, 2022
『美とミソジニー』自体、トランスフォビックな著者が書いたトランス差別的主張を含む本で問題だが、さらに出版記念シンポジウムでトランスフォビックな人たちを集めてイベントを行うというのは…。
慶應義塾大学出版会にはスタンスを再考してほしい。 https://t.co/3H9DAnQkJH
本を出している文筆家も「さすがに一線を超えていると思う」と意見しており、
匿名アカウントも
司会、パネリスト全員トランスヘイターのヘイトイベントがこちらになります。
差別主義者がマイノリティを吊し上げたいだけの集いじゃないですか。
ネトウヨが差別扇動街宣するのと等しい行為を慶応大学 @Keio_univ_PR は許すんですか?
慶應義塾は塾内でどういう学術研究をしているんだ…?!
イベントの司会やパネリストたちがLGBTに対する差別をしている人たちだということもあるが、他の角度から見ても慶應義塾の見識を疑わざるを得ない
これはあまりにもひどい…
慶應にもカムアウトしていないマイノリティはたくさんいると思います
その生徒達を追い詰めるような司会とパネリストと書籍…
余力ある方は大学にもお問い合わせをぜひ
トランス排除を含む書籍の出版記念に、トランス差別者複数を呼ぶ慶應義塾大学出版会。強く抗議します。アカデミズムのやることか。
#トランス差別に反対します
などの意見を引用RTしていた。大変な責めようである。
Peatixのトップ画面から検索しても表示されない仕様
『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウムはPeatixを利用して参加申込をする形式をとっていたのだが、Peatixのホーム画面から検索してもイベントが出ない仕様になっていた。なぜだろう。
Peatixサポート曰く
>審査の結果、イベント検索結果への掲載はいたしかねるという判断となりました
>審査基準や内容の詳細についてはお答えすることはできません
とのこと。
【拡散希望】いよいよ明後日です!
— ダリボ@肉球新党犬部🔥 (@Ms_Dalibo) August 25, 2022
「気になっていたけどまだ申し込んでなかった」
「まだ読み終えてないけど(←あなわたw)興味ある」
そんな方もまだ間に合います。Peatixのホーム検索ではなく
↓ 必 ず 下 記 リ ン ク か ら ど う ぞ !
※事情は連ツイで明かします。https://t.co/qClCOUYqjs
上述の事情ですが、なんとPeatixのホームから検索をしても、このイベントは出てこないのです。排除されています。
— ダリボ@肉球新党犬部🔥 (@Ms_Dalibo) August 25, 2022
Peatixサポート曰く「審査の結果、イベント検索結果への掲載はいたしかねるという判断となりました」そうです。しかも「審査基準や内容の詳細についてはお答えすることはできません」と pic.twitter.com/2XaKWHmoWr
上記のような問題はあったものの、『美とミソジニー』出版記念オンラインシンポジウムは無事に開催され、チケット購入者には8月30日より9月6日24時まで限定でオンデマンド配信が行われた。
以上が『美とミソジニー』の出版・展示・販売に関してわたしが観測した出来事である。
なお、良くも悪くも評判になったせいか出版から2ヶ月で増刷されたそうだ。
【重版出来】好評につき2刷となりました。
— 慶應義塾大学出版会 (@KEIOUP) September 16, 2022
『美とミソジニー 美容行為の政治学』(S. ジェフリーズ著/GCジャパン翻訳グループ訳)
美しくなろうとするのは本当に「個人の選択」なのでしょうか。化粧や整形など、女性に課される美容行為について考察する一冊。https://t.co/MIH67djPZv pic.twitter.com/t7YlVo2tij
わたしは『美とミソジニー』を購入し、読んだうえでこの記事を書いているのだが、ここまで辛辣に該当書籍を批判する人たちの中に、実際に読んだ人がどれくらいいるのかが気になるところだ。
批判者のなかには大学関係者・文筆家・批評家・研究者もいたが、一方的に「差別だ」と断じて批判するのではなく、批判があるならあるで慎重な議論をしてほしいと強く思う。
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