夏の毒液が散り散りに 【掌編小説】
窓から夕暮れの陽が差して、まだ薄らと明るい部屋には夏の匂いがむうんと立ち込めておりました。シュルシュルとドレスの背中を編み上げていたコルセットの紐を解きほぐす音が、私の耳をくすぐって全身をすすすっと駆け巡るようでございました。私に毒が回ってゆくようでしございました。
急に窓辺に押しつけられたお芹(せり)は驚いた顔をして私を振りかえりました。その愛らしい顔に赤く開いた可憐な唇を噛むと、お芹は驚いたあまりに声も出せずに私の肩を押して抗議することもできないでおりました。嗚呼、かわいそうに。けれど、それすらも可愛らしく愛おしいと思う私を、どうか、叱ってくださいまし。するり、とお芹の腰に結ばれたリボンを解いて、首元のボタンをぽつりと外して、絹レースのあしらわれたドレスの肩を落として肌を爪でなぞると、お芹はその小さな肩を震わせておりました。かわいそうに。どうか、叱ってくださいまし。
もう、私は、私を止める術など持たないのでした。お芹の毒に回されたわたくしは、さながら化け物でございました。いいえ、生まれたときから、きっとわたくしは化け物だったのでございましょう。お芹が手に入るなら、私は人間でなくとも構いませんでした。人間になど、なりとうございませんでした。お芹、お芹、お芹。その愛らしく赤く濡れそぼった可憐な花の蕾のごとき唇を、どうか私にくださいまし。その可愛らしく小さく震わす白肌の肩を、どうか私にくださいまし。その切ない声を零すか細き首筋を、どうか私にくださいまし。私の着物の肩元をきつく握り締めるその白く細い指を、時折大きく震わすそのなだらかに伸びる御御足を、どうか私にくださいまし。その陶器のような白さを恥ずかしさに赤く染めた、まだ幼く柔き乳房を。その噎せ返るような芳しい香りを溢す西洋薔薇の花園のような、甘い蜜を垂らすそれを。どうか私にくださいまし。どうか、どうか。私にくださいまし。
その化け物はかぶりついた獲物の血の一滴も零すまいとするかのように厭らしく音も気にならない様子で吸い尽くそうとした。お芹は黙ったままぐぅんと大きく下肢をしならせて天を仰いだかと思うと、糸の切れた操り人形のごとくだらんと身体を落とす。
その時、窓の外で、夜空をドンと突く音。
ああ、今夜はお芹の楽しみにしていた花火大会でしたのにね。藍色の浴衣を着たいと言って浴衣を新調したお芹に、浴衣を着付けてあげましょうと言って、わたくしは、とうとう化け物になりはてました。お芹、どうか、許してくださいましね。
お芹は化け物と化したお姉様の着物の肩をぐっと掴んだまま手離すことも忘れて、頭を押しつけた窓から、屋敷の庭の木々の影から微かに見える夜空に散り散りに広がる花火を眩しそうにぼうんやりと見つめていた。
そして、お芹は夜空に滴り落ちる花火をうっとりと潤む瞳に映して微笑むと、赤く熱を持った唇の端から垂れる涎も気にせずにこう言うのだった。
お姉様、見てくださいまし、花火がとっても綺麗ですわね。