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中小会計要領を読む

【この記事は会計系 Advent Calendar 2024における5日目のエントリーです。】

日本では企業会計にまつわるルールとして、企業会計審議会が設定した「企業会計原則」や「原価計算基準」、企業会計基準委員会が公表している「企業会計基準」などが実務家や研究者に広く知られているかと思います。また、国際会計基準審議会によって作成された「国際財務報告基準(IFRS)」とのコンバージェンスが推進されていたりしています。

そんな中、非上場の中小企業のための会計ルールとして、「中小企業の会計に関する基本要領(以下、中小会計要領)」というものがあります。私はこれまで中小企業の経理部門でそれなりの期間過ごしてきたのですが、中小会計要領が注目されることはいかんせんあまりなかったように思います。そこで今回は、中小会計要領とは何なのか、どのような内容なのかということを見ていきたいと思います。


中小会計要領とは何か

中小会計要領とはそもそも一体なんなのでしょうか。中小企業庁のWebサイトでは次のような説明がなされています。

中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)は、次のような中小企業の実態を考えてつくられた会計ルールです。

・経理人員が少なく、高度な会計処理に対応できる十分な能力や経理体制を持っていない
・会計情報の開示を求められる範囲が、取引先、金融機関、同族株主、税務当局等に限定されている
・主に法人税法で定める処理を意識した会計処理が行われている場合が多い

中小企業庁Webサイト

確かに多くの非上場の中小企業は難しい会計論点を処理できるだけの体制が整っていないと思われますし、多くの株主や投資家に向けて財務諸表を開示するわけでもありません。税務申告のために財務諸表を作っている企業が大半なのでしょう。なるほど上場企業や大企業が守るべきルールとは別のルールを作ろうという考えは自然なことのように思えます。

どのような組織が策定・公表しているのか

中小会計要領は、中小企業団体、税理士、公認会計士、金融関係団体、学識経験者等が主体となって設置された「中小企業の会計に関する検討会」によって策定され、平成24年2月1日に公表されました。

事務局として中小企業庁と金融庁が、オブザーバーとして法務省が協力しています。

どのような企業が利用するのか

中小会計要領は「Ⅰ.総論」「Ⅱ.各論」「Ⅲ.様式集」の3部から構成されています。中小会計要領の利用が想定される企業については、「Ⅰ.総論」の2項において言及されています。

2.本要領の利用が想定される会社²
(1) 本要領の利用は、以下を除く株式会社が想定される。
・ 金融商品取引法の規制の適用対象会社
・ 会社法上の会計監査人設置会社

(注)中小指針では、「とりわけ、会計参与設置会社が計算書類を作成する際には、本指針に拠ることが適当である。」とされている。

(2) 特例有限会社、合名会社、合資会社又は合同会社についても、本要領を利用することができる。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅰ.総論2項(脚注は省略)      

ざっくり捉えると、公認会計士や監査法人の法定監査を受けなければならない企業以外が対象企業になると考えられるかなと思います。特例有限会社、合名会社、合資会社又は合同会社も利用できることも明示されています。

また、「中小指針」という言葉が出てきました。「中小指針」は正式名称「中小企業の会計に関する指針」です。中小会計要領と同じく中小企業のために作成された会計ルールですが、中小会計要領と比べてより規模が大きい企業が想定されており、より詳細な会計処理を要求しています。

話は少し逸れてしまいますが、上記の注に出てくる「会計参与設置会社」、どれくらいあるのでしょう。気になったので少し調べてみましたが、明確な数字はわかりませんでした。個人的にはほとんど聞いたことがないので、あまり普及していない印象があります。

中小指針に関してはここまでにして、今回はこれ以上深くは触れないこととします。

どのような内容なのか

ではいよいよ中小会計要領がどのような内容なのかというところを、まず全体を俯瞰し、その後重要と思われる部分を絞って詳細を確認していきたいと思います。中小会計要領の本編はこちらの中小企業庁Webサイトから確認できます。

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/youryou/about/index.html

中小会計要領の全体像

前述の通り、中小会計要領は「Ⅰ.総論」「Ⅱ.各論」「Ⅲ.様式集」の3部から構成されています。

「Ⅰ.総論」では、「1.目的」「5.各論で示していない会計処理等の取扱い」「7.本要領の改訂」など文字通り要領全体に関わる事項を定めています。
特に「1.目的」は中小会計要領の根幹をなす部分で、後ほどたびたび触れますので、ここに引用しておきます。

1. 目的
(1) 「中小企業の会計に関する基本要領」(以下「本要領」という。)は、中小企業の多様な実態に配慮し、その成長に資するため、中小企業が会社法上の計算書類等を作成する際に、参照するための会計処理や注記等を示すものである。

(2) 本要領は、計算書類等の開示先や経理体制等の観点から、「一定の水準を保ったもの」とされている「中小企業の会計に関する指針」¹(以下「中小指針」という。)と比べて簡便な会計処理をすることが適当と考えられる中小企業を対象に、その実態に即した会計処理のあり方を取りまとめるべきとの意見を踏まえ、以下の考えに立って作成されたものである。
・ 中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやすく、自社の経営状況の把握に役立つ会計
・ 中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資する会計
・ 中小企業の実務における会計慣行を十分考慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠した会計
・ 計算書類等の作成負担は最小限に留め、中小企業に過重な負担を課さない会計

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅰ.総論1項(脚注は省略)

また、「8.記帳の重要性」と「9.本要領の利用上の留意事項」も注目すべきで、企業会計原則の一般原則とかなりの部分で同内容となっています。詳細は後述します。

「Ⅱ.各論」は、最初に「1.収益、費用の基本的な会計処理」「2.資産、負債の基本的な会計処理」で全体的な会計処理の原則を示し、その後は「3.金銭債権及び金銭債務」「8.固定資産」といったように取引の種別ごとに会計処理を定めています。最後に「14.注記」で注記についても触れています。
また、それぞれの項目ごとに「解説」があります。

「Ⅲ.様式集」は貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表、製造原価明細書、販売費及び一般管理費の明細の様式が例示されており、「記載上の注意」の記載もあります。これらの様式は「Ⅱ.各論」で記載されている内容に対応した例示になっています。

貸借対照表、損益計算書が例示された後「記載上の注意」がきて、株主資本等変動計算書以下また様式の例示が再開するという構成なのですが、この構成には若干違和感がありました。この「記載上の注意」は貸借対照表と損益計算書だけではなく、少ないながらも販売費及び一般管理費の明細等の附属明細書についての言及もあり、おそらく「Ⅲ.様式集」全体に係る注意書きだと思われます。それならば各様式の例示をすべて載せた最後に持ってきても良かったのでは…とは少し思ってしまいました。

ここまで全体的に見てきましたが、なかでも特に注目したい部分を次節以降でポイントを絞って、いくつか見ていきたいと思います。

注目ポイント(Ⅰ.総論)

「Ⅰ.総論」で注目したい点として、前述の「8.記帳の重要性」と「9.本要領の利用上の留意事項」を見ていきたいと思います。企業会計原則の一般原則とかなりの部分で同内容ではあるのですが、注目ポイントとしては①正規の簿記の原則に相当する内容は他の原則とは別に独立して項が設けられている②継続性の原則に相当する内容は他の項(4項)で言及されている③重要性の原則が他の原則と同列の扱いになっているの3点を挙げたいと思います。

まず①正規の簿記の原則に相当する内容は他の原則とは別に独立して項が設けられているですが、8項において以下のように定められています。

8. 記帳の重要性
本要領の利用にあたっては、適切な記帳が前提とされている。経営者が自社の経営状況を適切に把握するために記帳が重要である。記帳は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って行い、適時に、整然かつ明瞭に、正確かつ網羅的に会計帳簿を作成しなければならない。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅰ.総論8項

これは中小会計要領が、一般原則のなかでも特に正規の簿記の原則を重要視しているということなのかなと私は捉えています。中小会計要領は「1.目的」やこの項の内容にもある通り、中小企業の経営者が自社の経営状況を把握するということに重きを置いており、そのためにはまず記帳をしっかりしましょうということなのだと思います。
ちなみに企業会計原則では正規の簿記の原則について、中小会計要領と比べてよりシンプルで簡潔な文章になっています。

二 企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。(注1)

企業会計原則 第一一般原則二

続いて②継続性の原則に相当する内容は他の項(4項)で言及されているについて、まずは4項を見てみましょう。

4. 複数ある会計処理方法の取扱い
(1) 本要領により複数の会計処理の方法が認められている場合には、企業の実態等に応じて、適切な会計処理の方法を選択して適用する。

(2) 会計処理の方法は、毎期継続して同じ方法を適用する必要があり、これを変更するに当たっては、合理的な理由を必要とし、変更した旨、その理由及び影響の内容を注記する。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅰ.総論4項

(2)が、いわゆる継続性の原則に相当する部分です。なぜこの部分を9項に含めなかったのかについて、調べてみてもあまり明確な理由は見つからなかったのですが、おそらく(1)の内容と関連するので同じ項でまとめた方が良いという判断なのではないかと考えています。

次は③重要性の原則が他の原則と同列の扱いになっているについてです。重要性の原則は企業会計原則では企業会計原則注解で定められており、一般原則と同列ではありません。しかし中小会計要領では重要性の原則は9項において他の一般原則と同列に扱われています。これは「1.目的」でも言及されている「中小企業に過重な負担を課さない会計」というのが意識されているものと思います。

一般原則は会計の基礎的なルールないしは理念と言えるようなものかと思いますので、「8.記帳の重要性」と「9.本要領の利用上の留意事項」は「Ⅰ.総論」の最後ではなく、もっと上位の項に位置付けても良かったのではないかと個人的には思いましたが、最後に配したなんらかの意図があるのかもしれません。

注目ポイント(Ⅱ.各論)

次に「Ⅱ.各論」において注目すべきポイントについて見ていきますが、まずは「6.棚卸資産」についてです。中小会計要領では以下のように定められています。

6.棚卸資産
(1) 棚卸資産は、原則として、取得原価で計上する。
(2) 棚卸資産の評価基準は、原価法又は低価法による。
(3) 棚卸資産の評価方法は、個別法、先入先出法、総平均法、移動平均法、最終仕入原価法、売価還元法等による。
(4) 時価が取得原価よりも著しく下落したときは、回復の見込みがあると判断した場合を除き、評価損を計上する。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅱ.各論6項

なんといっても棚卸資産の評価方法として最終仕入原価法が認められているのが注目ポイントでしょう。棚卸資産の評価に関する会計基準である「企業会計基準第9号」では最終仕入原価法は評価方法として定められていないので(期末棚卸資産の大部分が最終の仕入価格で取得されている場合など適用が容認される場合もあるようですが)、ここが大きな相違点ということになるかと思います。

最終仕入原価法は、年度の最後の仕入原価を基にして期末の棚卸資産すべての評価を行うもので、かなり簡便な方法です。これも前述の「Ⅰ.総論」の「1.目的」で言及されている「中小企業に過重な負担を課さない会計」を反映したものと考えられます。
また、最終仕入原価法は法人税法上では棚卸資産の評価方法として認められているので(法人税法施行令第28条)、同じく「Ⅰ.総論」の「1.目的」で言及されている「中小企業の実務における会計慣行を十分考慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠した会計」も反映し、多くの中小企業が法人税法を意識した会計を行っていることに配慮していると思われます。

次に「8.繰延資産」についてです。ここでは「解説」で法人税法固有の繰延資産についての記載があり、これに注目して見てみようと思います。

なお、法人税法固有の繰延資産については、会計上の繰延資産には該当しません。そのため、固定資産(投資その他の資産)に「長期前払費用」として計上することが考えられます。「法人税法固有の繰延資産」とは以下に記載するような費用で、効果が支出の日以後一年以上に及ぶものが該当します。
イ  自己が便益を受ける公共的施設又は共同的施設の設置又は改良のために支出する費用
ロ  資産を賃借し又は使用するために支出する権利金、立退料その他の費用
ハ  役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用
ニ  製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用
ホ  イからニまでに掲げる費用のほか、自己が便益を受けるために支出する費用

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅱ.各論8項解説より抜粋

法人税法固有の繰延資産で中小企業の実務上よく目にするのは「ロ  資産を賃借し又は使用するために支出する権利金、立退料その他の費用」ではないかなと思います。これに該当する代表的なものに礼金があり、オフィスや社宅を借りたときにこの処理に直面することになります。
会計上は繰延資産ではないので、会計では便宜上「長期前払費用」を使うというのはおそらく以前から行われてきた慣行かと思われますが、中小会計要領で言及されることとなりました。

次に「10.リース取引」について見ていきます。中小会計要領では以下の通りに定められています。

10.リース取引
リース取引に係る借手は、賃貸借取引又は売買取引に係る方法に準じて会計処理を行う。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅱ.各論10項

つい最近、企業会計基準委員会によっていわゆる「新リース会計基準」が公表され、実務家や研究者のあいだでかなり話題になっています。「新リース会計基準」での重要な変更内容のひとつとして「リース取引の区分廃止・原則オンバランス計上」がありますが、これにより中小会計要領の定めと大きな乖離が生まれることとなりました。

中小会計要領にも改訂の可能性があるのか気になるところですが、「Ⅰ.総論」の「6.国際会計基準との関係」で以下のような定めがあります。

6. 国際会計基準との関係
本要領は、安定的に継続利用可能なものとする観点から、国際会計基準の影響を受けないものとする。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅰ.総論6項

「新リース会計基準」はIFRS16号の影響を受けてのものであるわけですが、中小会計要領はこの影響を受けないので、当面のあいだ「10.リース取引」が改訂される可能性は低いものと思われます。

注目ポイント(Ⅲ.様式集)

ここで例示されている様々な様式は、ごくごく一般的なもので特に目新しいものはありません。ただし、貸借対照表の例示では「Ⅱ.各論」で定めている会計処理に対応する勘定科目を数字を使って示しています。また、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書はそれぞれの繋がりがわかりやすいようにどの勘定科目・項目がどこに対応しているのかをアルファベットを使って示すという工夫が施されています。

中小企業の会計に関する基本要領 Ⅲ.様式集貸借対照表

中小会計要領を適用するとどんなメリットがあるのか

中小企業が中小会計要領に拠って貸借対照表や損益計算書を作成したとしても、公認会計士や監査法人の法定監査を受けるわけではありません。もちろん「Ⅰ.総論」の「1.目的」で言われているような経営者が経営状況を把握するため等々に資するというのはあると思いますが、経営者の目線からは適用することのより具体的なメリットが知りたいのではないかと思います。

具体的なメリットについて見ていく前に、日本税理士会連合会が出している「中小企業の会計に関する基本要領の適用に関するチェックリスト」というものを紹介しておきます。こちらのリンクの下部にあります。

中小会計要領の適用状況を顧問税理士が文字通りチェックするためのものなのですが、このチェックリストを提出することが申込条件のひとつになっている金融商品があったりします。そういったものの一覧が下記の中小企業庁Webサイトのページです。

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/youryou/sien/kinyukikan.html

ただし、上記ページに載っているリンク先のなかにはすでにページが存在しないものもありますので、注意が必要です。

また、チェックリストについての言及はありませんが、中小会計要領の適用または適用の予定が申込条件のひとつになっている、日本政策金融公庫の融資制度もあります。

このように申込できる融資制度の幅が広がるというのは、中小会計要領を適用することのメリットのひとつなのではないかと思います。

ただ、中小会計要領を普及しようという運動はすでに峠を越えてしまっている感はあります。何か統計を確認しているわけではないので正確にはわかりませんが、前述したすでに存在しなくなってしまったページなどからも伺えるように、中小会計要領を絡めた制度は数年前から比べて減ってきているのではないかと思われます。

中小会計要領を取り巻く状況がどのように移り変わっていくのか、今後も動向を注意深く見守っていこうと思っています。

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