恋愛相談ループ #かくつなぐめぐる
あのとき、まるで台風の真ん中にいるみたいだった。巻き起こる暴風雨のせいで、周りで起こっていることが認識できない、聞く耳を持てない状態。逆にわたしが大声をあげても、周りには届かない。
行きつけのカフェ、斜め前のテーブル席で女性2人が向かい合って会話をしている。たぶん大学生くらい。
どうやら、恋愛相談をしているらしい。女性の1人がヒートアップしてきて、そこそこ大きめの声量で話している。心なしか、目が血走っているように見えた。ぼんやりしていると、結構ダイレクトに言葉が耳に入ってきてしまう。「こっちに何も言わずさぁ、また女子もいるグループで出かけてたんだよ! 信じられなくって!」。
一方もう1人は、後ろ姿しか確認できないけれど努めて平静を装っているように見えた。発話量は少なく、「うん」「へー」「わー、やだね」と相槌を打っているくらい。ちょっと聞き飽きているような。たぶん、はじめての恋愛相談じゃないんだろう。
2人のようすを思わず盗み見ていると、ちょっと胸の下あたりがきゅっとなる。とくにヒートアップしている方の女性に、かつての自分を投影して身悶えしそうだ。
気をつけろ、2人の仲に亀裂が走るぞ……!
無関係のくせしておせっかいなことを考える。
***
恋愛相談の無限ループによって、友人を1人失いかけたことがある。
高校1年生のときにはじめてできた彼氏が、当時のわたしにとって最もホットなトピックだった。優先順位の頂点。ほかのことはどうだって良かった。
メールの返信が来ないだけで狼狽えてしまうほど不安定だった自分。元カレ本人にぶつけることができなかった不安・不満。それを、当時同じクラスで、よく行動を共にしていた友人に相談し続けていた。
内容は本当にしょーもない。「メールの返信が来ない」「会いたそうにしてくれない」「こんなこと言われた! 嫌われたかも」。
恋愛相談自体は悪いものじゃない。わたしのしくじりは、会って話すたび、まるで再放送のように同じ内容を懇々と吐き出し続けたことだった。しかも彼女にとって、本当は恋愛話は苦手なものだった。それでも相当無理をしてわたしに付き合ってくれていた。
友人に限界が来たのは当然で、距離を置かれるようになる。でも「恋に盲目」状態だったわたしは、「なんで」「どうして」と怒りすら覚えていた。なんてヤツなんだ。あほ過ぎる。
やがてクラス替えがあり、違うクラスになった。受験シーズンにも突入し、まともな交流はほぼ2年以上途絶えることになる。
なにがどうしてそうなったのか。
細かいことは覚えていないんだけど、大学1年生のときにひさしぶりにその友人と会うことになった。吉祥寺にあったオシャレなアイスバー屋に2人で一緒に並んだ。
「恋に盲目」状態からは、もうとっくに醒めていた。それからずっと、恋愛相談の無限ループがしこりのように自分の中で残っていた。申し訳なくて、お腹の横がじくじくする。
ふと、互いに無言になった瞬間があった。列は進まない。
「ごめん」
あまりに脈絡のないわたしからの謝罪に「えっなにが」と返される。「いやぁ、ほら、あのとき……」。これってただの自己満足だよな、と思いつつも当時の愚行を話す。
黙って聞いていた彼女は「いいよ、もう。すごい反省してんね」と、ちょっと困ったように笑った。
「あの頃さー、のんちゃん、もう全然こっちの言葉聞いてないなぁって。なんか、面倒くさくて」
「面倒くさい(笑)。たしかに……」
「でもいまはそうじゃないじゃん。だからいいよ」
その時ひさしぶりに、彼女の顔をちゃんと正面から捉えた気がした。こちらを見る大きな目、少しだけ上がっている口角、常時彼女が備えているすこしアンニュイな雰囲気。
列が動く。「あ、進んだ」「ほんとだ」。ドッドッドッドッ。歩こうとした時、自分の心音が聞こえてきた。この時初めて、自分がかなり緊張していて、それが解けたことに気づいた。友人にバレないように、一度大きく息を吸って、ゆっくり吐く。
高校時代の、制服を着たわたしが、ちょっと泣きそうな顔で両手で大きく丸をつくった。
***
あれから社会人になったあとも、彼女とは年に数回会う。わたしのかつてのイタさも知っている人だから、ある意味むき出しの、ラクな状態でいられるようになった。以前は偶然見かけるだけで気まずかったのに、不思議なもんだ。
「え!? バカなんじゃない!?」
突如聞き役だった女性が、これまでで一番大きな声をあげた。何か新展開でもあったのか。思わず顔をあげる。話し手の女性は、少し気まずそうな表情。声量は小さくなっていて、もう何を言っているのかは聞き取れない。
かつて盲目的だったわたしは、まるで話が通じなかった。相手からすれば宇宙人のような存在だったとおもう。けどカフェの2人は大丈夫なんじゃないかと、勝手にすこしホッとした。だってまだ、お互いの言葉が届いている。