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10年後も必要な服。
「後ろを向いていただけますか?」
扉を開けて出てきた私の姿を一瞥したあと、店員さんが言う。くるりと後ろを向くと、目の前には試着室の全身鏡があり、全身真っ黒の私が写っている。なんだか、4、5歳、年を取ったみたいで不思議な気分だった。
礼服を買いに、紳士服売り場へ来た。良くも悪くも着る機会がなかったのだが、母と「いい加減買っといた方がいいだろう」という話になって、重い腰をやっと上げた。
店内では、黒いワンピースがハンガーラックに何点か並んでいる。2着に目星をつけて、店員さんに試着室まで案内してもらう。試着1着目は襟元がスクエア型のワンピースタイプ。普段はハイネックとか、丸いネックの服を選びがちなので、ちょっと違和感がある。意外とボタンが多くて、着るのに思いのほか時間がかかった。終わって扉を開ける。母と店員さんと目が合う。「サイズいかがですか?」と聞かれ、「ちょうどいいです」と答えると、店員さんが冒頭の台詞を言った。そのあと、
「うーん、ワンサイズ上げましょうか」
えっ、なぜ。ぱっつんぱっつんでもないのに。一瞬ショックを受けそうになるが、矢継ぎ早に
「10年は持つものなので。ある程度余裕はあった方がいいんですよ」
と言う。隣で母も「そうだよ。二の腕とかね……」とニヤニヤしている。つまり、体型に変化が起きる可能性があるから、それを見越して購入すべきということ。そりゃそうかあ、と思うと同時に、そんなに着用頻度は高くないとはいえ、長い付き合いになるんだなあ~とちょっとこの黒い服を見る目が変わる。
ワンサイズ上の礼服を試着した。さっきより可動域が少し広がり、余裕がある。店員さんも満足そうに、「そのサイズが良いと思います」と言うので、そのまま2着目も同じサイズで着る。結局、選んだのは1着目のデザイン。
カバンやコートも選び、レジへ行く。合計金額を見てちょっとギョッとする。……まあ10年は付き合うものだから、仕方あるまい。10年後の私のために、体系維持もちゃんとしなくちゃなあ。
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