アメリカン・ミュージック・ヒストリー第5章(1940年代後半~50年代中頃まで・・・その1)
1. 戦後からエルヴィス登場前後 (1940年代後半~1950年代中頃)
前章までのおさらいになりますが、1920年代にほぼ確立した、戦前のアメリカ大衆音楽を大雑把に理解するには、
①南部黒人によるジャズ、ブルース、ゴスペル(スピリチャル)等のレイス・ミュージック。
②ニューヨークに代表されるアメリカ北部のポピュラー音楽であるポール・ホワイトマンから繋がる白人ダンス音楽とブロードウェイミュージカルやティン・パン・アリーから生まれたスタンダード曲やディキシースタイルのオールドジャズ、そして30年代後半以降一世を風靡したビッグバンドによるスウィングを経て、ソロヴォーカル時代までのポピュラーミュージック全般(アメリカ大衆音楽のメインストリームとも言えますね)。
➂南部白人によるヒルビリー・ミュージック全般(後のカントリー、ウェスタン、ウェスタン・スウィングやホンキー・トンク)
の3つに分類して考えるとわかりやすいと思っていますが、この時代のこれら3つのジャンルを時系列に聴いていくと、すべての音楽に黒人によるニューオリンズ・ジャズが影響していったのだと、つくづく感じます。このようなことからもエルヴィス登場前までは、ジャズがメインストリームの時代だったと言えると思います。
この第5章は、そのジャズがメインストリームだった時代から、いよいよ戦後ロックン・ロールの時代への鼓動が聞こえてくることになります。そういう意味では、第1章の「エルヴィスから始めよう」に大きく関わってくることになりますね。
(1) 黒人エンターテイメント音楽の飛躍的成長期
40年代以降、黒人ミュージックが飛躍的な成長を遂げ始め、1949年ビルボード誌のレイス・ミュージックが、リズム&ブルースに名称が変わりました(ビルボードのR&Bチャートの前身は、1942年10月24日からスタートしています)。
40年代に入りジャズやブルースやゴスペル等の各ジャンル間の交流が活発になり、様々な要素を音楽に取り込んで「リズム&ブルース」と言う新しい音楽ジャンル・用語を生み出すことになりました。
*リズム&ブルースの興隆
前項でも少し触れましたが、40年代を代表するカンザスのシンガー、サックス奏者の「ルイ・ジョーダン」は、快活でコミカルな曲調で人種の壁を越え白人層にも広く親しまれたようです。
その他にもジャズ&ブルース系のナット・キング・コールトリオ、ライオネル・ハンプトン、チャールズ・ブラウン、ビッグ・ジョー・ターナー、ワイノニー・ハリス等のシャウター、テキサス出身のT-ボーン・ウォーカー、エイモス・ミルバーン、ローウェル・フルソン、ニューオリンズ独特のビート感があるファッツ・ドミノ、ロイ・ブラウン。
女性では、ビリー・ホリディ、エラ・フィッツラルドに加え、ルース・ブラウン、ゴスペル出身のシスター・ロゼッタ・サープ、ダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーン等のスターシンガーが次々と誕生していきました。
そして1950年代半ばには、絶対に忘れることができない黒人歌手のレイ・チャールズ「アイ・ガット・ア・ウーマン」とサム・クック「ユー・センド・ミー」が、これらの大ヒットにより頭角を現し、R&B/ソウル時代が幕を開けていくことになります。
ビッグバンド+ブルース=ジャンプ・ミュージックの代表格。
レイ・チャールス等に多大な影響を与え、イーグルスの「二人だけのクリスマス」のオリジナルは有名ですね。
最も早いエレキギターでのブルースシンガー。
テキサス出身のブルース歌手。酒場放浪記のテーマ曲が有名ですね。
映画「レイ」にも出てきますね。これは名盤だと思います。
この時期最も売れた黒人歌手の一人ですね。
この時期R&Bの女王としてヒット曲多数。
ゴスペル歌手なのにブルースも歌うのは、この当時としては相当非難もあったと思うが画期的。ロックンロールの母とも呼ばれギターも上手。
映画「レイ」が印象的でした。ゴスペル、ジャズ、ブルース、R&Bを統合した「ソウル・ミュージック」の創始者
ゴスペル歌手からソウル歌手へ転身、ソウルの貴公子、早死にが惜しまれます。