第2章⑤ 導きがあるとすれば…
店をオープンしてから2年以上が経過していた。
私は一人、その店を手放そうと考えていた。
ヒロが私と、ずっと一緒にいたいという希望を叶えたくて、店をオープンした。毎日一緒だったけど、私たちの関係は、私の周りの人々には「秘密」だった。
私たちの出来事を、私目線で一方的に描くと、今までのストーリーになるが、ヒロが書けば全く違うストーリーになるかもしれない。
それくらいヒロは繊細な人だった。
プロとしての姿勢
気に入らない事があると、切れやすいヒロだったが、毎日、切れていたわけではない。
常連さんには、店長であるヒロのファンも沢山いた。
特に、父親くらいの世代のお客さんからは評判が良かった。
ヒロは、常連さんの「味の好み」をしっかりと把握していた。私たちのお店は、リピーターが8割の店だったので、毎日、ほぼ常連さんばかり(笑)
その一人一人の好みも、名前も、顔も把握していた。
ヒロは、焼き鳥屋に修行に行ったけど、ほかの料理は本格的に勉強したワケではないし、次女は、料理学校は出たけど、店舗経験が少ない。
その二人で、私からの無理難題なメニュー開発に、熱心に取り組んでくれていた。私がOKを出すまで何度も試作を繰り返し、いつも人気のメニューを作ってくれていた。
お客さんの喜ぶ顔が、二人とも好きだったと思う。
ヒロは、毎日肉を触っている事が、楽しいと言っていた。自分の焼き鳥を食べて、目を閉じ、ため息をつきながら「うまい!」と言ってくれるお客さんを見るのが幸せだとも言っていた。
でも、オーナーである私は、ある時から、飲食店の本当の使命は何なのか?私の使命は何なのか?・・・と迷子になっていたのだと思う。
私はお客さんの幸せを願えるほど、当時、幸せではなかった。表向きはそう見せていたけど、お客さんの喜ぶ顔が「自分の幸せ」だとはとても思えていなかった。
ヒロの横暴な態度のせいにしているけど、それだけじゃなかったと思う。
きっと、自分に鎧を着せていた自分を好きになれなかったし、本当に望んでいる事を、していない自分も辛かった。
本当に望んでいる事・・・私は何がしたいのだろう。それさえも分からずにいた。
はじめてしまった事だから、今更辞められない。私自身、無理にお店を続けている事に薄々気付いていた。
今まで、どの仕事も3年続いた事はない。
ここでお店を辞めたら、また両親に言われる。「あんたは何をやっても続かない」それが嫌で、続けている・・・。
結局、オーナーといいながら、私が一番プロ意識に欠けていたんだ。それに、薄々気付いていたからヒロはイライラしていたのかもしれない。
集客を手伝い始めたヒロ
私が別れと、店を閉める事を切り出してから数日だっていた。ヒロは私とはあまり喋らなかった。
私も、業務連絡のみ伝えるだけだった。その雰囲気に気付いた次女は2人の間で、一人明るく振る舞っていた。
そんな次女に、質問をしてみた。
ヒロ君と二人でお店続ける?
次女はきょとんとした顔で「ママは?辞めるの?」と聞き返してきた。
常連さんには申し訳ないけど、この先、今のまま働くのはキツいから、ママの代わりに誰かを雇ってお店続けるか、ヒロ君と次女ちゃんも辞めたいなら、閉店しようと思う。
そう伝えると、奥からヒロが出てきた。
本気だったんですか?
この時初めて2人に、店を査定してもらった事を伝えた。
私はヒロが、私が勝手な事をしたことに対して、キレると覚悟していたが、ヒロは穏やかにこう言った。
いくらなんですか?査定額
200万円でも難しいって言われた事と、まだ公開していない(売りには出していない)事を伝えた。
その日は、話はそこで終わり「2人とも少し考えておいて」とだけ伝えた。
翌日、ヒロから思わぬ提案があった。
Facebook集客、俺も手伝います。
何を思ったのか、私が今まで一人でやっていた集客業務を手伝い始めた。そして、ボソッっとこう言った。
いままで、集客や施策をあゆ一人に任せて悪かったと思っている。せっかく集客してくれても、文句ばかりでゴメン。だから店を辞めるなんて言わないで欲しい。
これからはもっと協力するよ。飲食店のセミナーにも、可能なら俺も出るようにする。だからお店続けないか?
この時の言葉通り、ヒロは積極的に集客を手伝うようになったし、お店でもなるべく機嫌よくいようとしていた(時々、嫌な奴に戻ったけどw)
でも、私はもうヒロの態度の問題だけで、店を閉めたくなったのでは無かった。そもそも、店をはじめた理由も不届き不埒だった。
今は、続けていく理由が分からなくなっていた。そして、毎日、お客様を楽しませる事に疲れ果てていた。
私自身が人生を楽しみたい
これが一番大きな理由だった。
別々でもお互いに好きな事をしよう
ヒロには自分の正直な気持ちを話した。
ヒロは、自分のせいで、私がやる気を失くしたのだと感じていたようだけど、それは否定しておいた。
そして、私はこうヒロに伝えた。
このお店が、私の希望金額で売れたら、店は手放す。もし、売れなかったら私の代わりになるスタッフを雇って、店は続ける。スグにはスタッフも見つからないだろうし、ヒロもきちんと、店長としてのマインドを身に付けて、感情コントロールに勤めて欲しい
私の決意を感じたのか、ヒロは「わかった」とだけ言って了承してくれた。
私は運を天に任せた。
早速、業者に頼んで、お店を私の希望金額で「売り物件公開」してもらった。
店舗物件が埋まらないこの時代に、絶対に200万円以下じゃないと売れないと散々営業に言われたが、その3倍で売りに出した。
運試しなら希望金額でも問題ない。
ところが、公開してスグに問い合わせが後を絶たなかった。
半分以上は、個人経営希望の冷やかしの様な感じだったが、1件だけ本気で買い取りたいと言ってくれた会社があった。
私たちの店にも何度か来てくれた、同じ地域の飲食店を展開している会社の社長さんだった。
絶対に売れないと言われた物件が、たったの1週間で売れてしまった。しかも、私の希望金額で。
買い取ってくれた社長さん曰く…店に多くの客が付いている物件は貴重だからね。という事らしい。
もう、これは神を信じるしかないと思った。「店を手放すことが、あなたの本当の使命」だと言われている気分だった。
そして、約束通り私たちはこの日から、2か月後の閉店に向かって動き出すのだ。
しかし、お店を辞めてもスグに幸せになれたワケではなかった。
私とヒロの関係や次女の事・・・
私自身が人生を楽しむまでには、まだまだ試練は続くのである。
つづく