ライター入門、校正入門、ずっと入門。vol.14
「校正・校閲の仕事を専門とするプロフェッショナル集団」聚珍社の中嶋泰と、フリーライターの張江浩司が多種多様なゲストお迎えしつつ、「書くこと、読んでもらうこと」について話していくトークイベントの模様をダイジェストでお届けします。
移動こそが旅行だ!
張江 「ライター入門、校正入門、ずっと入門。」シーズン2も3回目です!司会を務めます、ライターの張江浩司です。
一色 今シーズンからレギュラーになりました。XOXO EXTREMEの一色萌です!
中嶋 この企画を主催しています、株式会社聚珍社の中嶋泰です。
張江 最近はどこもインバウンドの旅行者の方が増えてきて、ありがたいことですよね。ということで、今回は「旅行記」がテーマです。
中嶋 一番共感が得られやすいジャンルだと思うんですよ。例えば映画とかだと、全員が観ているものってもうほとんどないじゃないですか。
張江 いわゆる国民的コンテンツというやつですね。
中嶋 でも、大阪や京都のような主要都市は多くの人が旅行したことがあると思うんです。札幌や福岡なんかは、行ったことがなくても「行ってみたいな」と思っている人は多いでしょうし。そういう観光地の旅行記は読むだけでも楽しいですよね。
一色 確かに、沖縄はみんな行きたいですもんね。
中嶋 各地にグルメがありお土産があり、書くこともたくさんあるので。ライターさんとしても、一番書きやすいと思うんです。
張江 拙い映画評は読めたもんじゃないけど、旅行記はスキルがなくてもまあまあ読めるという(笑)。
中嶋 そういう意味では今回が一番ライター入門らしい内容になるかもしれません。
張江 では、ゲストのお二人どうぞ!
安藤 デイリーポータルZというサイトでライターと編集をやってます、安藤といいます。よろしくお願いします!
すずめ ひだりききクラブという自由律俳句を詠むユニットをやっています、すずめ園です。旅が趣味で、旅のことを書いた『旅と蓋』というZINEを出したりもしてます。
張江 デイリーポータルはいろいろなジャンルの記事がありますよね。その中で安藤さんは「地元の人頼りの旅」というシリーズを書いてらっしゃって。
安藤 一切準備せずに現地に行って、地元の人に頼りまくって旅をするという企画を5~6年やってました。個人的にも旅は好きですし、どこかに移動して何かを書くという企画を記事にすることが多かったですね。
張江 もうデイリーポータルに参加されて20年とお聞きしました。
安藤 ちょっと怖いですよね。なかなか同じことを20年続けるってないですよ。「むかない安藤」(安藤さんが食べ物をむかずに食べ続けるYouTube動画)も10年以上やってますし。そっちの方が怖いか(笑)。
張江 すずめさんが旅行記を書きはじめたのはいつ頃ですか?
すずめ 私は以前アイドル活動をしていて、ブログが大好きで文章ばっかり書いてたんです。そこで一人旅のことを書いたら、ファンの人から面白いといっぱい言われるようになって。今、ブログは書いてないんですけど、ZINEにしているっていう。
安藤 この本、面白いですよ。見た目から受ける印象と違って、すごくかっちり書かれてますよね。そのギャップが面白い。
すずめ ありがとうございます。確かにこの見た目の文章ではないかもしれない。
張江 ハードボイルドというか。
安藤 私も編集やってるので、文章読むとだいたい「こういう人が書いてるのかな」とわかるんですけど、全然違いました。
すずめ こういう文章を書く人が珍しいから、アイドル時代に興味持ってくれた人が多かったのかなと思います。
一色 しかも、これだけ長い間ちゃんと書いてて、しかも本人が楽しんでるのがすごい。
安藤 北海道に行く回の書き出しが「上空をカモメが飛んでいた」で。そんな書き出し、なかなかないですよ!沢木耕太郎の「深夜特急」みたい(笑)。すごく読みたくなりますよね。
すずめ 内面は暗いっていうか内向きなので、お気楽な文章にならないんですよね。
一色 ZINEのデザインも、とってもいいですよね。
すずめ デザインも自分でやってるんです。全く本作りについて知らない状態で造り始めちゃったので。
中嶋 普通はプロに頼みますもんね。
すずめ そうですよね。装丁とか組版とかも知らなかったし、人に頼むという発想がなかったんです。相方の出雲にっきちゃん(※)と二人で、なんとかやるしかないと、未だに自分でやっていくスタイルです。文学フリマで周りを見ると、有名だったり売れてたりする人じゃなくても、装丁とかプロに頼めることを知りました。私たちって自給自足だったんだなって(笑)。
※ライター入門、校正入門、ずっと入門。vol.5「言葉を選ぶ」に出演
https://note.com/zuttonyumon/n/n0ee0fde76b7f
中嶋 自主制作でやってると、「この紙の手触りが好き」みたいなこだわりが出てきますよね。
すずめ もうお気に入りの紙があります(笑)。
張江 旅行は元々好きだったんですか?
すずめ アイドルをはじめる前は、BiSHのオタクだったんです。大学生になったときだったんで、バイトしてお金を稼いだら遠征いけるじゃんって気づいちゃって。深夜バスとか飛行機とかも全部自分で手配して、有名なものを調べて食べたりするのもすごく楽しかったんですよね。自分がアイドルになってからは忙しくてBiSHのライブには遠征してなかったんですけど、一人旅の楽しさは忘れられなくて。
中嶋 交通手段を考えるのも楽しいですよね。僕は鉄道オタクでもあるのでわかります。
一色 移動が楽しめると旅の楽しみが広がりますよね。それがつらいと面白さが半減しちゃいそう。
張江 私は旅行下手なんです。仕事でいろいろ行くことはあったんですけど、休みの日に計画を立てるのが苦手で。移動自体はむしろ好きなんですけど。地方で仕事が終わってその帰りとか。
安藤 帰りの新幹線とか飛行機とか最高ですよね!
張江 最高です!昔仕事でタイに行ったときに、8時間のフライトだったんですけど、往路は仕事のことを考えなきゃいけないじゃないですか。帰りは何も考えずに8時間飲みっぱなしで、映画観て本読んで寝てまた映画観てみたいな(笑)。
すずめ 移動中の何も出来なさって逆に魅力ですよね。同じ空間に何時間もじっとしていないといけない。不自由に見えるけど、実はその空間でやれることは何してもいいというか。いくら寝てもいいし、いくら食べても飲んでもいいし。無敵感がありますよね。
中嶋 5分くらいで座席を自分の部屋みたいにしちゃう人いますよね。
安藤 それこそ旅の醍醐味ですよ。
張江 美味しいものを食べるだけだったら東京にいくらでもあるわけで、そこにたどり着くまでの移動こそが旅の本質なんじゃないかという気もします。
安藤 名物にも不味いものありますからね。競争がないから。あぐらかいちゃって美味しくない店に入っちゃうのもいいんですよね。
一色 味だけの勝負だったら東京の方がいいですもんね。
安藤 そうそう、「これ東京じゃキツいな」っていうお店がいいんですよ。
すずめ わー、そういうお店に行きたい。
安藤 吉野家とかって、どこに行っても美味いじゃないですか。制御された美味しさがある。旅先で出会うわけわからん定食屋とかは毎日味が違うだろうし、そこがいいんですよ。
張江 最近、サワークリームオニオン味のファミチキが期間限定で出てたんですけど、もう直接脳にデジタル化された「美味しい」という概念を入力された感じだったんですよね(笑)。美味しさだけを追求するとそうなっていくと思うんですけど、数値化されない面白さもあるわけで。
一色 アメリカに行ったときに、マクドナルドの味が日本と全然違うなと思いました。大味というか。チェーン店でも違いがあるんだなって。
安藤 東北地方のマックポテトはしょっぱいですよ。
張江 そうなんですか!
中嶋 地域差が出るんですね。
安藤 「ポテトがしょっぱい」というだけなのに、こういうのを聞くと現地に行きたくなりますよね。
トラブルをあえて仕込む
中嶋 すずめさんは旅先をどうやって決めてるんですか?
すずめ はじめはBiSHのライブのスケジュールに合わせてだったんですけど、だんだん「こっちの県に行ってみよう」とか考えるようになって。一人旅するようになってからは、基本的にまだ行ったことのない場所で、なんとなく北の方とか、今回は南にしようとか。
中嶋 47都道府県を制覇したい気持ちはありますか?
すずめ そうですね。九州は福岡と長崎しか行ったことがないですけど、他は高知、島根、福井以外は行きました。
一色 おおー!すごい。
張江 北の方はかなり行ってますね。
一色 2冊目のZINEは「北への憧れ」がテーマですもんね。
すずめ 北が好きで、東北も北海道も何回も行ってます。
中嶋 季節によっても土地の表情が違うでしょうし、何度行っても飽きることはないでしょうね。
すずめ まだ冬の北海道に行ったことがないんですよ。一人だし遭難するんじゃないかと思って。
張江 確かに、北海道の冬は命の危険と隣り合わせですからね(笑)。
すずめ 北海道のローカル線に乗るのが好きなんですけど、鹿と衝突して運休になったりするじゃないですか。真冬だったら取り返しがつかないぞという恐れがあります。
張江 雪で飛行機も飛ばなかったりしますしね。
一色 でも、北海道と沖縄は観光地として別格な感じがします。
すずめ 沖縄も行ってみたいんですけど、沖縄は一人で行ってもたのしいのかなって気がしちゃう(笑)。楽しむつもりはあるんですけど。
一色 私はめちゃくちゃ肌に合いました。一人でフラフラしてるだけでも楽しい。
張江 コンビニに泡盛とかスパムとか売ってるから、それ買って飲んでるだけでも楽しいですよ。
一色 泡盛コーヒーとかも置いてますよね。
すずめ そういうコンビニのローカルなところも楽しいですよね。
中嶋 広島だと広島風お好み焼きがあったり、山口には瓦そばがあったり、ローカルコンビニは侮れないですよ。
安藤 北海道にはセイコーマートがありますもんね。
すずめ ご当地スーパーも好きで。東北は地元のスーパーに、その土地だけど流通してるパンがあるんですよ。青森だとイギリストーストとか、秋田のたけや製パンとか。スーパーで見かけるといっぱい買っちゃうんです。
中嶋 滋賀県にはサラダパンがありますよね。
安藤 ああ、たくわんが入ってるやつ!
すずめ サラダパンは岡山にもありました。
安藤 食べ物はやっぱり土地柄がでますよね。
張江 デイリーポータルの旅の記事にはお店の情報が全然載ってないですよね?
安藤 載せないわけじゃないんですけど、観光ガイドじゃないので情報を知りたいならウチのサイトじゃない方がいいのかなって。移動したことで得られる体感を書いてるって感じですね。一件もお店に寄らなくても、見たもの、感じたものを書くというか。
中嶋 「みんなも行こう!」じゃなくて「おれはここに行ってきたんだけど」という感じですね。
安藤 歩くとしんどいことの方が多いじゃないですか。歩き疲れてお店も開いてないとか、そういうリアルを書いちゃうんですよ。暑い中自販機で買ったポカリが最高に美味かった、みたいなことが大事なので。それが旅なんですよね。
張江 その場所までたどり着いて飲むポカリに意味があるんですよね。
安藤 味自体はどこで飲んでも一緒だけど、空気感があるので。やっぱり移動が面白いんだと思います。距離と情報量、アイディアは比例するので。遠くに行けば行くほど知らないことは増えるし、それはネタにつながるんですよね。なので、ライターさんには「外に出てどっか行って何か見て来てください」といつも言ってます。
一色 スケジュールを完璧に組んで、名所を全部見てきたという記事よりも、ノープランでふらっと行って何が起こるかわからない結果としての旅行記のほうが面白そう。
安藤 ライター本人も戸惑ってる方がリアルなんですよ。
すずめ 私も旅先でレンタサイクルを返す時間を間違えて、知らない土地を全力疾走したことがあって、それを文章にしたんですけど、読んだお母さんが面白かったって言ってました(笑)。
張江 デイリーポータルの旅記事は「地元の人しか頼っちゃいけない」とか「新幹線で駅に置き去りにされる」みたいな、罰ゲームじゃないですけど制約がありますよね。
安藤 トラブルをあえて仕込んでおく感じですね。何かが起こったときに、それをリカバリーしようとして面白いことが生まれる。現場は本当に困るんですけどね(笑)。
張江 何も起こらない可能性もあるし。
安藤 大抵なにもないんですよ(笑)。「何もない、困った」という不安とか怒り、寂しさみたいなネガティブな感情を面白さに昇華するのが読み応えになると思うんです。
一色 知らない場所に行っちゃう怖さって面白いですもんね、私も遠征先で銭湯に行ったりするのが好きなんですけど、なかなか見つからなくてやっと入ったら全員タトゥーだらけで(笑)。「すごいところに来ちゃったな」って。
安藤 みんなそういう話が聞きたいんですよ。
中嶋 「自分ではできないけどやってみたい」という記事も読みたくなりません?「自転車で箱根を超える」みたいな。
張江 チャレンジ系ですね。
一色 大変なことを人の目を通して疑似体験するような。
安藤 その記事には「大変でした」と書いてあってほしいですよね。「やってみましたが、やんない方がいいですよ」と書いてあったらうれしい。「おすすめです」と書かれたら悔しいですからね(笑)。
張江 他人の苦労を安全圏から見たいという欲望がありますよね(笑)。
一色 「クレイジージャーニー」(TBSテレビ)が大好きなんですけど、その最たるものかもしれない。
張江 安藤さんが担当した記事で一番大変だったことはなんですか?
安藤 機材トラブルはつきものなんですけど、2泊3日の取材の最終日にカメラをなくしたんですよ。全部撮ったものがなくなっちゃったんで、それは困りましたね。旅行ってその場限りなんで、その日のその時間しかないじゃないですか。
一色 もう一回同じ場所に行ったらいいってもんじゃないですもんね。
安藤 二度とはないものが消えちゃうのは怖いです。絵で描くしかない。
中嶋 それはそれで味がありますね(笑)。
張江 旅行の取材は、ずっとレコーダー回してるんですか?
安藤 ずっと回してます。移動中もメモ代わりに感じたことを録音して、ホテルに着いたらその日の分はできるだけ文字に起こしてまとめちゃいます。それの繰り返しですね。
張江 いつ面白いことが起こるかわからないですもんね。
安藤 なんか起きたらその場で録って、メモして。けっこう地味な作業の繰り返しです。
すずめ 私もiPhoneのメモに全部書いてます。何時にどこを通って何を食べたとか。
中嶋 時間を記録しておくのは重要そうですね。
張江 確かに、朝食べたパンと夜中食べたパンは意味合いが違いますもんね。
安藤 見たものを全部メモするのも大事だと思うんです。どういう看板があるとか、日差しがまぶしいとか、主観客観問わず。ボイスメモに全部吹き込んでますね。旅の記事にかかわらず、どの記事でもそうやってます。
張江 スマホ片手に街中でぶつぶつ言ってる人がいたら、デイリーポータルのライターさんである可能性が高いですね(笑)。
どうかしてる人の熱量を読みたい
張江 すずめさんの旅行記は「マンホール」というテーマもありますよね。
すずめ そうです。『旅と蓋』の蓋はマンホールの蓋のことです。
中嶋 そもそも、マンホールはどこも同じじゃないんですか?
すずめ 私も大人になるまで気づかなかったんですけど、土地土地で蓋のデザインが違うんです。東京の23区内は基本的に桜のデザインのものなんですけど、23区の外に行くと街によって違ったりしますし。その場所の名物とか推したいものが描かれていることが多いです。
安藤 デザインは行政がやってるんですか?
すずめ 多分そうだと思います。
一色 マンホールカード(下水道広報プラットフォームが全国の自治体と共同で作成しているカード)も集めてるんだよね?前にイベントやったときに見せてもらったんですけど、全部かわいくて。地域によってデザインがバラバラなら、カードを集めるモチベーションも上がりますよね。
すずめ 先週長野に行ってきたばかりで、これがマンホールカードなんですけど、オレンジにりんごのデザインですごくかわいいんですよ!しかも、これが1989年からあるのがすごいですよね。
中嶋 これは買うものなんですか?
すずめ 無料で配布されてます。でも、その場に行かないと手に入らないんです。たまにメルカリとかに出品されてるんですけど、それで入手する人はセンスないなって。
一色 御朱印とかも、その場に言って手に入れるから意味があるんですよね。
張江 昔はペナントとかもありました。「あそこに行ってきたよ」という証明というか。
すずめ ご当地立体マグネットも集めてます。その土地の景色がギュッと集められたような感じなんです。
張江 抽象化されて凝縮された観光地だ。
一色 私も見つけたらすずめちゃんのお土産に買っていくようにしてるんです。手作り感があって、色の塗り方とかどれもちょっとずつ違うんですよね。
すずめ それはいいですね。
一色 駅のキオスクとかにはなくて、おばあちゃんがやってるお土産物屋さんの隅を探すとあるんですよ。
中嶋 「集める」ってビジネスにもなりやすいんですかね。いまだにスタンプラリーもありますし。
すずめ 確かに、ローカル感を買っているような気はします。
中嶋 『旅と蓋』には目的地に着くまでの移動と到着、マンホールを見つけたときの気持ちが書いてあるわけですよね?
すずめ そうですね。蓋に出会ったときはすごくテンションが上がるので、その興奮は完全に読者を無視して書いてます(笑)。
安藤 興奮って2種類あると思うんです。奈良の大仏を目の前にしたときは「これ見たことある!」という興奮ですよね。もう一方は「こんなの見たことない!」という。マンホールは後者ですよね。
すずめ 前者もあるんですよ。有名なマンホール蓋もあって。
安藤 有名蓋があるのか!(笑)
すずめ 北海道の函館にはイカが3匹並んでる蓋があって、有名ですね。
張江 今はネットがあるから「これ見たことある!」はすごく増えたと思うんですね。「こんなの見たことない!」を探すのは、かなり能動的に動かないとすごく難しい。
安藤 ネットにないものを見つけると、やっぱり興奮しますね。
一色 旅は一人でももちろん楽しいですけど、例えばすずめちゃんと行くと街を足下から見てるんですよ。そういう、自分にはない視点とか発見があるから、友達と行くのもいいですよね。
安藤 デイリーポータルのライター何人かで街を歩くと本当に遅いですよ。みんないろんなものに興味を示すから、全然進まない。エアコンの室外機とか見てますから(笑)。
張江 世界の見方がそれぞれ違いますもんね。
安藤 すずめさんにみたいに、何が面白いのかを説明できると強いですよ。それがライターなんだと思うんですよね。自分の興味を言葉で伝えることで、読んだ人にも興味を持ってもらえるし。
すずめ 私はマンホール蓋のデザインが本当に素晴らしいと思ってるんです。逆に「なんでみんなもっと素晴らしいと思わないんだ」とも思っちゃうくらいなので(笑)。
中嶋 マンホールがない街はないので、書くことには困らないですよね。
すずめ 無限にあるので、全部見きれないくらいだと思います。
張江 やっぱり、「自分はこれが好きだ」っていう熱量でどうかしてる人の文章を読みたいですよね。
日常のそこら中に旅は満ちている
張江 旅行記を校正することはありますか?
中嶋 あまりないですね。観光パンフレットのようなものは多いです。例えば千代田区が発行してるリーフレットとか、交通新聞社が発行している「旅の手帳」の別冊の四国特集号とか、弊社で担当しました。校正としては、なかなか重たい案件なんですよ。掲載されているお店の電話番号、住所、営業時間、駐車場の台数などなど、ファクトの連続なので。150ページくらいのガイドブックで、1週間以上かかります。
一色 確認しているうちに営業時間とかが変わっちゃうお店もありそう。
中嶋 ガイドブックについてるマップも校正するんですけど、ガソリンスタンドとかがなくなったりするので、前年版のものは使えないことが多いですね。
一色 最近は地形と目的地しか載ってない地図が多いですよね。
中嶋 目的地にちゃんと着ければいいので、ポイントとなる交差点や曲がり角が正確に書けていれば大丈夫なんですけど、そこをチェックするのもなかなか大変で。旅の記事は地名や店名など固有名詞が必ず出てくるので、それらを校正するのは大変ですよね。
すずめ 一応、エッセイを書き終わった後にネットで確認するようにしてます。でも、一人でやってるんで思い込みで間違ってる可能性はありますね。
中嶋 旅系の文章を読むのが好きな人は、細かいところを見てることも多いですからね。東急田園都市線「溝の口駅」とJR「武蔵溝ノ口駅」は「の / ノ」で文字が違う、とか。
安藤 僕らはなるべく地元の店員さんとかの話し言葉にするんです。情報としては間違っているかもしれないけど、「確かにこの人はこう言っていた」という。そうするとけっこうみんな見逃してくれます。
張江 すごい責任回避技だ(笑)。
安藤 現場感を重視しているということです(笑)。
張江 デイリーポータルはガイドブックじゃないということにつきますね。
一色 「載ってる情報と違うじゃないか!」とクレームが来ることはないんですか?
安藤 ほとんどないですね。取材したお店の人から連絡が来たら訂正しますけど、そうじゃないならアクションもあまりしないですし。ポリシーってほどのものじゃないですけど、その場の体験を書いてるので。
張江 そのスタンスが一貫しているのがメディアとしての魅力ですよね。
中嶋 一色さんは食べたカレーをSNSによく載せてますけど、気をつけてることはありますか?
一色 お店の情報は載せてないですけど、個人的に感じたことをちゃんと書くようにしてます。写真だけでも伝わるかもしれないけど、どんな味がしたとかスパイスがどうだったとか。
張江 カレーやラーメンは日本中にあるし、みんな好きだから需要がありますよね。
一色 意外と旅行とも結びつきやすいんですよ。ご当地のレトルトカレーを差し入れてくれるファンの方もいますし。
張江 いろんな「そこにしかない食べ物」を書いてる人がいるじゃないですか。居酒屋のポテサラを食べ比べてる人もいるし、「じゃあ私はマカロニサラダでいこう!」と思って数店舗食べてみたらだいたい同じ味だったのであきらめました(笑)。
安藤 「同じ味でした」っていうオチの記事は読みたいなあ(笑)。
張江 もっとちゃんと食べ比べれば違いが見えてきて面白いと思うんですけど、そこまでの熱量が自分の中になかったです。
中嶋 各都道府県の1番目と2番目の都市はみんな知ってるじゃないですか。静岡なら1番が静岡市で2番が浜松市。3番目は富士市なんですけど、意外と知らないですよね。3番目の都市を巡るっていう企画はどうかなと。
安藤 おー、いいですね!
張江 そこまで田舎でもないけど、観光地でもないという。
一色 地元の人に寄り添ってる感じがありますね。観光地を巡り終えた人が行く場所だ(笑)。
張江 どこに行くにしても、そういうテーマがあると面白くなりますね。「どこに行って何を食べた」だけじゃない自分の視点というか。
安藤 「目が覚めたら全く知らない街にいる」っていうシチュエーションにすごく憧れるんですよね。なんの目的もなく知らない街に行くって、究極の旅なんじゃないかと思う。
すずめ 「水曜どうでしょう」のサイコロの旅を最近はじめて観たんですけど、なんて素敵な企画なんだろうと思って。あれも結局のところ移動ですよね。
安藤 「地元の人頼りの旅」も、そういう意外性というか、どうなるかわからないところが面白さになってるんですよね。
張江 どこかにノープランで行って地元の人に話しかけることは誰でもできますしね。
安藤 1カ月くらい、自宅から駅までの道を毎日変えてみた時期があるんです。それがすごく面白くて。めっちゃ遠回りになったりするんですけど、知らない道がけっこうあったんですね。ルールを課すことで、日常が旅になるなと思いました。
すずめ 「知らない道」って最高ですよね。
張江 日常の中に旅はいくらでも潜んでいると。
安藤 ちょっとしたことでね。家から出るときは、窓を使うといいですよ。玄関じゃなくて窓から出るだけでもう旅ですから。景色がガラッと変わります。