ワンチャン許せなかった話(後編)
*ワンチャン許せない話(前編)からお読みいただくと流れがわかりやすいかと思います。よろしくお願いします*
診察室に入ったわたしに、レントゲン画像を見ながら整形外科医は顔を曇らせて言った。
「前回とまったく変わっとらんのですわ」
そりゃそうだろうよ、めちゃくちゃ痛いし。なんなら痛み増してるし。
「レントゲンでは写しきれないものかもしれないので、MRIで確認させてもらおうと思うんですけどどうでしょう」
どうでしょうってあんた、撮らない理由がなかろう。
ということで、MRI初体験となったわけだけどまあこれは大したことなかった。想像してた通りで、だてに医療ドラマのヘビーウォッチャーはやっていない。
ただ初めて見た自分のMRI画像はなかなかのものだった。
進撃の巨人みたいだった。
そしてまたわたしは診察室で整形外科医と対峙していた。
「MRIの結果ですけども」
「どうやら疲労骨折じゃないですわ」
こう見えてわたしは年相応の常識的な人間なので、お医者さんに向かってこんな物言いをしたことは今まで一度もないが、この時は思わず口から出ていた。
「でしょうね!」
渾身の「でしょうね!」だった。
「軟骨がすり減っていて」
「すきまがなくなっていて」
「水が溜まっていて」
この道はいつか来た道。
うすうすそうじゃないかとは思っていたがやはり出た結論は「変形性膝関節症」。
アイシー、アイシー。
ひと月半くらい無駄に痛みと付き合ってしまったが、それを今ぐずぐず言っても仕方ない。
「ここの白く写ってる骨、これは」
これは?
「もともとこういう骨」
なんだそりゃ。
「どうやら水がこの外側にも溜まってるようで、それでここが痛いんじゃないかと思うんですわ」
ピンポイントで痛いところは、膝に溜まりきれずに外に漏れ出した水のせいなのか。
わたしがずいぶんと恨みがましい目をしていたのだろう、医者はめったに打たない痛み止め注射をしてくれた。このあとはヒアルロン酸注射を週一で何回か打つことになる。痛み止めの飲み薬も継続。
「あ、ひとついいですか?」
診察室を出る前わたしが改まって言うと、整形外科医は少し怯えたような顔をした。
「このMRI画像、写真撮ってもいいですか?」
「…ああ、どうぞどうぞ」
ニヤニヤしながら膝の進撃の巨人を撮影するわたしを整形外科医は黙って見ていた。
ああやれやれ。
ようやく膝にも明るい光が見えてきた。
これで安心してNODA・MAPに参戦できる。
だが、この時点でわたしは一枚もチケットを手にしていない。東京公演はもうあきらめたとして、あとは大阪、博多、そのどちらにするか。
日程的には大阪は厳しい。なぜならわたしが休みの日は野田地図も休演日。やだ、推しと同じ日にお休みだわ、ウフ。
しかしここで、東京公演オールご用意してもらえなかった荒んだわたしが顔を出した。
どうせ当たりゃしねえし。
前日に頑張って調整すればなんとかなるし!
この日も、この日も、大阪申し込んじゃえ!
どうせ当たりゃしねえし。
いっそ博多の大千穐楽も申し込んじゃえ!
うははははは。
後先考えず大盤振る舞いで申し込んだ結果。
大阪1枚、博多1枚、がわたしにご用意されたのだった。
こうなったら行くしかない。
膝はまあまあ順調に良くなってきているし、この調子ならなんとかなるやろ。
ご用意していただけなかったつらさが身に染みているので、ご用意していただけたチケットのありがたみが倍増。ああ嬉しい。大阪で会えるのねうしししし。
と、それからしばらく経った頃だった。
痛み止めを飲まなくてもまあまあ大丈夫という感じにまで良くなってきたわたしに整形外科医が、次からリハビリに、と告げた。
「膝周りの筋肉を鍛える方法など教えてもらって、再発しないようにしないと」
再発か…それは避けたい。
今、大事な時なんだから。
ということで、診察の前にリハビリを受けることになったのだが。
リハビリ室へ入ると、70代後半くらいのおばあちゃんが理学療法士のおにいさんに
「あんたパーマかけた?さらにええ男になっとるがね」
と、声をかけていた。
「あ、やっぱり?僕、弟にもパーマかけた方がかっこいいって言われてて」
「パーマええわ」
「ええでしょう」
なんだこの会話。
そしてその弟にもおばあちゃんにもパーマかけた方がかっこいいと言われたおにいさんがわたしの担当のようだった。
わたしは彼の以前の髪型を知らないので、髪型には触れずに、よろしくお願いします、とだけ挨拶した。
彼はわたしの歩き方をチェックして、まず「外体重がひどい」と言った。
「歩くときに外側に体重がかかってるから、小指の爪が外側を向いちゃってます」
「小指をこう、爪が上を向くようにまっすぐにして、引っ張って伸ばしたり開いたりするようにマッサージしてください」
足が外側に開くことで膝に負担がかかっている、と言われると確かにそうだなあと思われた。若い頃から外体重なのも自覚がある。
「右足も結構ひどいので、同じように右足もマッサージしてください」
わたしは基本的にまじめなA型なので、言われたことは守る。
小指マッサージもちゃんと毎日言われた通りにがんばった。これもすべて、推しに会うためだと思えばなんてこたぁなかった。
そして数日後。
まず小指の付け根あたりが猛烈に痛くなった。微妙に赤く腫れているようでもある。捻挫のような痛みだった。それも両足。
そしてさらに、立ち上がる際、右膝にも痛みを感じるようになった。
痛くなかったのに!
痛くなかったのに!
左膝をかばって変な歩き方になってたせいだろうか、いやちがう、これは絶対にあの小指マッサーのせいに違いない。もうやるもんか。
2週間後。
「言われた通り小指伸ばしたんですが、めちゃくちゃ痛くなったんですけど」
リハビリが始まると同時にそう告げたわたしに、パーマが少し取れ始めた彼は、え?ほんとですか!と言った。
嘘ついてどーすんのよ、と思ったがそれは言わずにおいた。
彼はわたしの膝を伸ばしたり曲げたり押したりしながら、これは痛いですか、これはどうですか、どこか痛いポイントありますか、と聞いてきた。
「ここが痛いです」
そこは最初からピンポイントで痛い箇所。膝の外側、腓骨と脛骨の交わる場所、今日と明日が出会う場所クロスオーバーイレブン。
「ここ、です!」
「ここですか?」
「水が溜まってるんですけど、どうやら外側にも漏れてるらしくって、このあたり。で、痛いみたいなんで」
MRIを見ながら整形外科医から説明されたことをわたしは取れかかったパーマの脳天に向かって伝えた。
「えーー、ここですかぁー?!外側に?水が?」
わたしの言葉を聞いてゆるふわパーマは首をひねった。
「聞いたことないなあ。外側に?」
あんたが聞いたことなくてもわたしは聞いたことある。
「いや、確かにこのへんは太い神経が通ってるところなんで、もしほんとならワンチャン痛くなることもあるかもしれないけど」
……は?
「先生にそう言われたんですけど」
念の為、ダメ押ししてみた。
「そうなんですかぁー、それならワンチャン痛くなるかも、ですねー」
ワンチャン痛くなるかも。
ワンチャン痛くなるかも。
ねえそこのパーマネント、ワンチャンの使い方合ってる?
拳を握りしめたわたしに気づかず彼は小指マッサーはまったくなかったことにして、膝裏のあらたなストレッチを伝授してくれた。
「右足も痛くなったならやっぱり膝裏伸ばした方がいいと思うんですよ」
一応2日間やってみた。
そしてリハビリを受けてから3日目の午後、わたしは予約外でまた整形外科にいた。
わたしのNODA・MAP大阪が5日後に迫っている。
「もう右膝が痛くて痛くて痛いです!!」
せっかく左膝が少しマシになってきたのに、それを超える痛みが右膝に。
どうしたろうかしゃん、あのゆるふわパーマ。
そして右膝レントゲン撮影の後はお約束のあのセリフ。
「軟骨がすり減っていて」
「隙間がほとんどなくて」
「やっぱり水も溜まってるようで」
先生、先生、あたしゃもうリハビリはいやだよ、とはっきり口に出したわたしをゆるふわパーマは恨むだろうか。いや、ワンチャン許してくれるだろう。
てか、あんたがワンチャン許しても、こっちがワンチャン許さねえからな。
だって右膝まで痛くなったのはワンチャンあんたの謎マッサーのせいなんじゃないの?いやワンチャン謎ストレッチのせいかも。
快方に向かっていた左膝のかわりに今度は右膝の水をちゅーーっと抜いてヒアルロン酸を注入されたわたしは、なんとか無事にNODA・MAP「兎、波を走る」大阪公演を堪能することができた。
推しがほんっっっっっとーーーーに素晴らしかった。
そしてもうすぐ推しとともにわたしは博多の大千穐楽を迎える。
リハビリ断固拒否したわたしに整形外科医が伝授した膝体操を日々実践しているおかげで、徐々に膝は良くなってきている、気がしなくもないこともないかもしれない。まだ痛い。
ただ、ワンチャン最初から膝体操だけ教えてくれてりゃよかったんじゃ、と思わなくもないのは事実。
ワンチャン、ワンチャンの使い方ひとつでも正解ならいいけど。
トップの画像は大阪からの帰りの新幹線の車窓から見た虹。
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