ロマンの生物学(3) ~不死化のための遺伝子の調整について~
前回までのように、人間を死ななくするには、単純に寿命遺伝子を削除するだけでは、いろいろと不都合が起こるようである。
このうち生まれてこれなくなる不都合に対しては、生まれてちょうど良くオトナになった頃合いで、人工ウィルスを感染させて寿命遺伝子を無力化することで対処できるかもしれない。
だいたい死ななくなったにしても、最初の1万年は赤ちゃんですとか、寝たきりになってからが丈夫ですとかでは、あんまり楽しくないであろう。
だから人生のどこかの時点で寿命を解除することが、人間を死ななくする上ではもともと重要なことだともいえる。
いっぽう先祖返りに伴う癌化については、増殖のための遺伝子群の調整が厄介そうである。
これらの遺伝子群は、現在は癌関連遺伝子と呼ばれていて、単純にたたいてしまうと細胞増殖ができなくなってしまうからこれはマズい。
お肌の細胞が増殖しなくなれば垢も出ないからラクだろうというものではないのだ。
切り傷も骨折も治らなくなるから、長生きするうちにぐにゃぐにゃのスライムになるかもしれない。
この遺伝子群と寿命遺伝子との調整は、現在の技術では千年経っても難しいと思う。
調整をミスるとスライムだから、最終的には人間の全遺伝子、だいたい2万くらいの間で調整・確認する必要が出てくる。
この遺伝子がオンのときにあの遺伝子をオンにするのかオフにするのか、そっちの遺伝子はどうするのか、だいたいこの遺伝子はいつオンになるのか。
そんな調整を2万遺伝子の間でやれば、それは膨大な組み合わせになるだろう。
もう人間の研究者にどうこうできる話ではない。
進化したコンピューターの登場を待つことになる。
なんたってコンピューターは、この手の大量の計算が大得意なのだ。
現在のコンピューターでも、生体分子1個のシミュレーションとか、部分的に2分子間の反応を解析することは可能らしい。
しかし生体分子1個といっても、理科室のかっちりした模型とは違って、実際には周りのたくさんの水分子と反応してるし、生体分子を構成する原子1個いっこについての、量子論的な計算も必要になる。
人間いっこ丸ごとシミュレートして、遺伝子をあちこちいじってみるというのは、楽しそうだがそういうわけで今は無理なのだ。
これはソフトの問題というよりも、ハードの速度と容量の問題だから、いずれ可能にはなると思う。
それはいったいいつ頃だろうか。
なんぼなんでも千年はかからないような気はするが。
けれども回路の集積化に使う分子にだって大きさはあるし、たとえそれをクリアできても、そもそも空間自体が粒々だからこれ以上小さくなれないという長さ(プランク長)だってあるらしい。
やっぱり千年かかるのかな。
並列処理やら量子コンピューターやら、21世紀老人にも理解でけんような技術が実用化されれば、どうにかなるかもしらん。
(登場人物)
長老: 初期の人類不死化計画に賛同したカネ持ち。
寿命で死ぬことはないのだが、細胞の増殖がストップしたため、切り傷も骨折も永久に治らなくなって積み重なった結果、スライムのようになっている。
好きなクスリ バファリン