いつかの教育実習生が贈る「学級通信」
「先生、勉強って何のためにするんですか?」
大学4年生の教育実習中、担当させていただいた学級の中学1年生から質問されました。
先生と生徒とで毎日やり取りする交換ノートで。
かれこれ3年前の記憶ですから、朧気な記憶を元にやり取りを書き出してみます。
ーーその生徒は、“ザ・女の子”な感じの女子生徒で、勉強をするのにいまいち身が入らない様子の、いろんな物事に対してつまらなさそうにクールに構えている印象の生徒でした。
その子が、普段の担任の先生の返事ではなく教育実習の先生の返事がもらえるという「スペシャル交換ノート」に、書いてくれました。
「○○(私の名字)先生、私は勉強が好きじゃなくて、あまりやる気が出ません。数学は少し好きだけど国語はよくわからないからイヤになります。勉強苦手なら勉強しなくてもいいんじゃないかって思えてきます。先生、勉強って何のためにするんですか?」
これを受け取った、国語科の教育実習生の私。
やみくもにイヤイヤ勉強しようとするのではなく勉強をする理由を求めようとすることに、とても好感を持ちました。“国語の先生”に向けて「国語イヤだ」と言える素直さにも(笑)
そして、出会って2週間そこそこの私にここまで書いてくれたからには、絶対に真剣な返事をしたいと思いました。
そこで書いた返事は、たしかこんな感じでした。
「勉強は、すればするほど、見える世界が広がります。1つのものを見たとき、勉強しているのといないのとでは見え方が全然違う。いろんな勉強をしていればいろんな見方が出来るようになって楽しいし、自分の身を助けることにもなる。勉強しなくても何とかなるかもしれないけど、いろんな勉強をするほど、世界が広がって人生が豊かになると思います。」
……本当にこんな文量を手書きで書いたんだっけ。
もっと削るところは削ったり、具体例を入れたりしたかもしれません。
翌日の交換ノートで、返事が返ってきました。
「○○先生のおかげでちょっと勉強がんばってみようと思いました!ありがとうございました!」
こんなに上手い展開があるものだろうか?という思いがちらっと脳裏をかすめてしまいましたが、でもその文字は、心からそう思ってくれたような様子でした。
教育実習生の立場としては、返答内容も指導教官の先生から受ける評価のひとつになると思っているし、何より生徒の考え方をガラリと変えてしまうかもしれない重さの質問に答えることには緊張しました。
だけど、大学4年生の私の、中学1年生に伝えるための精一杯の回答はこれでした。ーー
さて。今、もしこれを読んでくれている生徒、あるいは学生の方に同じ質問をされたら、社会人3年目の私はもう少し違う回答をするでしょう。
学生の自分も答えた、勉強することでいろいろなものの見方ができるようになり人生を豊かにできることと、もうひとつ。
騙されないようになること。
国語が出来れば、論理の通らない内容不明の書類に意味もわからずサインせずに済む。
数学が出来れば、お金の計算に騙されずに済む。
理科が出来れば、科学的根拠の無いセールスに騙されずに済む。
社会が出来れば、世の中の流れのおかしさに気づくことが出来る。
知っていることが多ければ多いほど、論理的思考が身についていればいるほど、身の回りの多くに疑問を持ち、危ない時は避けることが出来る。
だから勉強した方がオトクだよ、と。
私はたぶん、学校の勉強はそんなに好きじゃなかったです。暗記が苦手すぎてテストが出来ないから。でも、授業を受けて、知らないことを知ったり先生の余談を聞いたりするのは好きでした。
国語の授業が好きだったのも、文章内容から知らない考えや世界を知ったり、読んでも意味分からないような難しい文章が先生の解説で読み解けるようになっていくのが楽しかったりしたからです。
テストの点も、得意科目だったから悪くはなかったけれど、良かったかといえばそうでもない。
だけど、結果的によく言われるのが「頭いいね」です。
暗記が苦手でテストの点数は特段良くなくて、学校の成績が大したことなくてもです。その割には雑学を知っていて、何より年齢の割に思考力があるから。
勉強が嫌いだと言っている人が多いのはきっと、無理矢理やらされてるからだと思います。
あるいは、たった4,5教科、あるいは9教科とかで、しかもいかに暗記してテストに挑めるかだけで自分の存在価値を決められてしまう気がするからだと思います。
ところが、社会に出たら世界は海のように広くて、自分の存在価値をひとつの物差しで計る必要なんて全くなくなります。
逆に言えば、その時にいろいろな物差しで測れる人間になっていれば強い。だから成績に表れなくても学校で勉強しておいて、自分の頭のどこかに引き出しをたくさんつくっておくのがベストです。
もっと言うと学校の勉強がどうしても嫌なら、他の物事をいろいろ、なるべく深く知っておくと良い。でも何を知っていいかわからないなら、目の前にある学校の勉強ってやつから世界を広げてみたらどう?
頭の中の引き出しは、広げれば広げるほど相乗効果でもっともっと広がって、たぶんそのうち楽しくなります。ゲームをやり込んでレベルを上げ、新たなステージを開いていくかのように。
さまざまな世界を見ることが出来るのも、騙されずに生きていけることも、生き抜くにはとても大切な力です。
勉強して身についた力は、例えばどんな仕事をしてもどこかで活きます。想像もつかない変なところでも活きます。そうやって活かしているうちに、あなたがやっている仕事の世界の物差しで、あなたが評価されるようになります。
もちろん、仕事以外のあらゆる場面にも当てはまる話です。
勉強なんて、しなくてもしないなりの人生は送れます。
だけど「勉強は人を裏切らない」。
誰に、あるいは何に裏切られようと、勉強した知識や技は自分を裏切りません。
そして、持っている金品が盗まれて無くなることはあっても、勉強した知識や技は盗まれたとしても無くなりません。
勉強すれば、人生の質は確実に変わります。
持っておいたら得だらけ。損しない。
こんな奇跡のようなもの、持てるだけ持っておくに越したことはないんじゃないですか?
だから、とりあえずでもいいから勉強してみたら?
私はそう思っています。
あなたはどう思いますか?
☆追記 (2020/07/25)☆
非常にたくさんの方に記事をご覧頂き、反響の大きさに驚くばかりです。ありがとうございます。
元より続編として書く予定だった記事をようやく書いたので、追記として載せておきます。
本記事の“空想の学級通信”に対し、こちらは“実際に書いた学級通信”に関わる内容です。
是非こちらもご覧ください。
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