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手帳吸い
2025年の手帳を買った。留学中の台湾で日本のものを買うとちょっと高いし、紙の手帳を使いこなせたことがないので迷った。でも、さまざまなカテゴリの予定を同時進行させがちであり、なにごとも自分の手でまとめたほうが情報や考えを整理できる性質なので、社会人になる前の1年間、紙の手帳を試してみたかった。余白がたくさんある手帳を見つけたので、思い切って買った。
袋を開ける。薄い紙に包まれている美しい手帳。ページをぱらぱらと開く。あっ、と思った。
いい匂い。いい匂いがする。新しい単行本からたまに香る紙の匂いだ。い草をもう少し甘くしたようなこの匂いは、記憶をたどれば15年前に上橋菜穂子さんの『獣の奏者』を買って開いたときとよく似ている......たぶん。もういまは確かめようがないが、記憶のなかではそう。
図書館の本や古書からはしない匂いで、わたしはとても好きだし落ち着く。自分しか見ない手帳であるのをいいことに、鼻を近づけて思い切り吸い込んだ。何をしているんだ、と思いつつ、小学生の頃に初めて読んだ分厚い単行本が『獣の奏者』だったという幸せな記憶も一緒に甦り、ただただ良い気分になった。
そのあと、友人たちとお昼を食べに行った。ひとりが、実家で猫を飼っていると話し始めた。猫は吸い込むと幸せな気持ちになるらしい。えー、くしゃみ出ない? と思ったが、猫吸いというのは、猫を愛する人々の間ではかなり一般的な猫からの心の栄養摂取らしい。シーツに寝そべっていたあたりの毛をめがけて顔を埋め、吸い込むと、シーツの香りと混ざってとても良いそうだ。
ふと、自分の行動に思い当たる節がある。わたしはさっきまで手帳を吸っていたじゃあないか。読書が好きでも、文房具が好きでも、本やノートを吸う人はあまりいないはずで、猫吸いの友人に一瞬向けた戸惑いの視線を撤回する。ごめんなさい。
いずれにせよ、機能性で選んだはずが、使う前にいい買い物をしたことに気がついてしまった。1年間使い続けられますように。