918杯目:若気の至りが通用しない時代…
昔から会話の中によく出てくるフレーズ。
『若気の至りで…』とか
『あの頃はまだ若くて未熟だったから…』とか
『もう時効だから…』とか
時間の経過や、人としての成長が解決してくれた昔話ってありますよね。
しかし、学生時代にヤンチャをしていた人が、『あの頃は若くて未熟だったから…』と、当の本人が言っているのを聞くと、
『いや、若かろうが未熟だろうが他人に迷惑をかけるのはダメだろう!』
と実は自分は思うタイプであったりする。
それは学生だろうが若かろうが、それこそ小学生でも他人に迷惑をかけることはよくないこと。と知っているからである。
だから、あの頃はまだ若かったから他人に迷惑をかけるようなことをしたけど、それは仕方ないとは思わない。
しかし、そう思う頭の固い自分でも、今のニュースやワイドショーや新聞など見ていると、一切のミスでも許さないような風潮があるように思えて仕方がない。
現在進行形でのことだったら100歩譲ってわかるとしても、過去の事それもすでに当事者同士で解決して終わっていることでも、ほじくり返してそれを糾弾する。
まったく関係のない立場のマスコミが。
そしてそれを見たさらにもっと関係のない世間の人まで怒っている。
これは、マスコミが誘導しているのか、世間の人がそういう糾弾事を好きだからマスコミが取り上げているのか、この際どうでもよいが、間違いなく一切のミスは許されない。場合によってはそれがこれからのキャリアをダメにするような命取りにさえなる。
これは生きていくうえでかなりの負担でありプレッシャーにもなると思う。
今の時代は芸能人やスポーツ選手いわゆる有名人著名人ではない一般の人でさえSNSなど時間を遡って、『若気の至り』と言えるような事やヤンチャしていたころのものを晒される可能性が大いにある。
そして、今の時代は昔のことだろうが若いころのことだろうがそれを許さない。
本当に息苦しい時代だなと思う。
そういや政治の話題も、いつまで過去のことを引っ張り出して糾弾しているんだろうって思うことがある。
こういうの何十年続いているんだろう?
マスコミもどうせ政治関係で取り上げるのなら、過去のことをほじくり返して突っつくより、『給料が○○年全然上がらなくてどんどん生活が苦しくなってる。』『10月からまた物の価格が上がる』など一般の人のこれからの生活にかかわることを糾弾してもらいたいものである。
それをやらないのは、やっぱりマスコミじゃなくて世間が求めている話題だからなのかな?
少なくとも自分にはそんな余裕ないんだけど…(苦笑)
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