拝啓 14歳のわたし

実家で古いものを整理するように言われて、あなたからの手紙が出てきた時、ちょっと笑ってしまいました。そういえば、こういうことをするような子どもでしたね、あなたは。

あなたは、私に幾つかの質問と励ましをしてくれていたので、ちょうど受け取った私が、あなたに返事をしようと思います。
先に断っておきますが、もしかしたら、今の私が答えない方が、あなたにとってはいいかもしれません。もう10年後の私とか、あるいはまた、5年前の私とかの方が、あなたを喜ばせるような回答をしてくれるかもしれません。

さて、まず、14歳のあなたが、他に打ち込めることがないと言い切るくらい夢中になっていた演劇は、もう辞めてしまいました。それどころか今の私は、光のたくさん当たる舞台の上とは、まるきり逆の場所にいるかもしれません。
私は時々、お芝居を辞めた時のことを振り返っては、あなたに、あるいはあなたたちに、顔をひっ叩かれやしないかとヒヤヒヤすることもあるし、どうして辞めなければいけなかったのかと思ったり、辞めていなければと夢想してみたりすることもありますが、でも、もう一度やろうという気には、もう長いことなれていません。
でも、あなたにはめいいっぱい演劇をやってほしいし、信じてほしいと思っています。

それから、私の恋人の有無を気にしていましたが、残念ながらいません。
私はちょっと不思議です。あなたはやたら自立心が強く、さほど他人の承認を必要とせずに、平気で大人になっていく自信が、もう既にあるでしょう。それでも恋はしてみたいものですか?
私は沢山嫌な目に遭ったので、もう充分だと思っていますし、あなたも述べる通り、自分以上に大切な人間など、そうそうあらわれません。仮にあらわれたとして、そんなに大事な人のそばにずっといるのも、結構神経をすり減らすものです。

さて、どのような進路を歩むにせよ、自分のやりたいことをやっていてほしいというのが、あなたの私への願いでした。これは難しいお願いです。やりたくてやっているのか、やらざるを得ないからやっているのか、私にはもうよくわかりません。大学院にいると、やりたいことをやっているように、世間的には見えるようですが、実感としては、何やら宿命めいたものが私をとらえていて、その力学によって、ここにこのようにあらしめられているのではないかと思うことの方が多いです。

なんて、よくわからないことを言ってごめんなさい。

お答えできることはそんな程度です。さっきも言った通り、私はあなたにめいいっぱい演劇をやってほしいと思っています。自分が辞めてしまった無念を晴らして欲しくてこう言うのではありません。どんなに懸命に取り組んだとしても、あなたはいつかその手を離すことになります。私は確信しています。あなたは唯一無二の大事な演劇を諦めざるを得なくなります。それは深く傷つくような出来事のせいですが、辞めたことによって、あなたはさらに傷つくことになります。
あなたが気にかけている恋愛も、たいして変わりません。あなたは今も、強がっているふりをしているだけで、他人からの恋愛感情にうんざりしているでしょう。私は知っています。
そしてそれは、そこから10年ずっと、あなたについてまわる問題です。なんの配慮もない好意によって、あなたは何度も傷つくことになります。やがてあなたは、好意にせよ悪意にせよ、強い感情はどちらも区別なく恐れるようになります。

大人になったら幾分か辛くなくなるだろうと思っているのだとしたら、それは大きな勘違いであると言わざるを得ません。あなたは、これから先何度も傷つき、その傷はあなたを全く違うものへと変貌させていきます。
私は、誓って、あなたがたくさん傷つくのがいいと思っているわけではありません。もし叶うなら、経験したくなかった出来事がたくさんあります。でも私は、そういう数々の出来事を経て変貌を遂げてしまったこのたった1人の私のことを愛しています。

あなたは、これから先何度も傷つきますが、その傷を本当の意味で癒せるのは、恋人でも友人でもなく、この私ひとりです。

信じてくれますか?だからどうか、安心してめいいっぱい傷ついてほしいのです。そうして宿命めいたものがあなたをとらえた時、あなたは私を恨むかもしれませんが、でも騙されたと思って進んでほしいのです。というか、そこにしか道はありません。あなたはひどく潔癖で理想主義でしょう、そういうあなたは、適当に世の中に目をつぶって幸せになることなどできません。

あなたを傷つけた世界と戦うことでしか、あなたは生きていけません。なら初めから傷つかなければ、と思うでしょうか?
あなたが傷つかなかった分は、おそらく多くの場合、他の誰かの傷になります。それに気付かずに平穏に暮らせばあなたは確かに幸せになれますが、わかっていてそういう道を選ぶのは、それこそあなたがもっとも嫌うやり方の一つでしょう。
あなたは子ども特有の規範意識の強さを備えていますが、それはあなたが一生持ち歩くものの一つだと私は思っています。

あなたは自分が厭世的であることに負い目があるようですが、それも勘違いです。むしろ純粋です。純粋だからこそ、あなたは深く傷つくし、世の中を呪うのだと思います。そういうふうにしか生きられないあなたは、やはり私のようにしかならないでしょう。あなたがいかに今の私をみてあり得ないと思うのだとしても、私はそう思います。不屈でい続けることだけが、あなたを傷つける世界への復讐になるでしょう。
だからたくさん裏切られても、信じることを諦めないでください。

私からはそれだけです。どうかお元気で。

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