100年も前から、僕はあなたに会いたかった。
あなたは、たぶん少しも僕の方を向いていない。でも僕は、ずっとあなたに会いたかった。
僕はもうずっと、遥か昔に、触れ合うことの何が楽しいのかわからなくなってしまった。
例えば87年前、僕の一部が惨めに切り倒されるなんてことが起こらなければ、僕は今も、あなたに触れられたいと思っていたかもしれない。でもそんなのは、もう机上の空論に過ぎない。
起こってしまったことは起こってしまったことだ。僕はもう、僕の表皮に触れる人間の手は恐ろしいと思う。たとえそれがあなたのものであったとしても。
翻って、だけど僕はあなたに会いたかった。あなたと僕は、恐ろしいくらい見た目もこれまでの生の在り方も違うだろうけど、僕はあなたに言いようのない親しみと、抗いようのない愛しさを感じている。
あなたが僕の根元へやって来て、自分自身の悲しみや、大切にしている人や物や思想について話してくれたら、きっと僕は枝を震わせて喜ぶだろうと思う。
87年前、切り株から新しく芽が出て僕は命を繋いだけれど、それはきっとあなたに会うためだった。
あなたを知るよりもずっと昔から、僕はあなたに会いたかったような気がする。
あなたは言う、いつか僕自身の手によって、僕は救われる日が来ると。僕はその予言については半信半疑だが、あなたのことは信じてしまっている。
あなたは僕の知らないことを幾つも知っていて、僕の何倍も自由だ。
そういうあなたのことを呪いながら、僕はあなたに会う。いつもそうだ。
例えば僕は、愛について知らない。
人間の手のひらの温かさも、その温度が、どんな感情を及ぼすものなのかも、僕は知らない。そしてこれからも、知ることはできない。恐怖が僕の身体に焼き付いているから。
でもあなたはそうじゃないだろう。あなたの手は、あなたの愛おしい人や、家族や、飼っている猫に触れ、そのやわらかさや、温度を知っているんだろう。
そう思うたび、僕は孤独になる。僕はあなたとは全く違うものに作られてしまって、あなたと何事も共有できなくて、寂しい。
何も共有できないのに、なぜこんなにもあなたに会いたいんだろう。
僕はあなたに、いつの間にか全てを話してしまった。あなたが聞きたがったからではない。僕が話してしまいたかったからだ。楽しいことから気分が悪くなるようなことまで、全部話してしまった。
あなたはただ、生きることを諦めないようにと言った。何を言っているのか、樹木とはそもそも自殺などできないのだ、と僕は反駁しようとしたが、そう言っている時のあなたの目が、どうしようもなく切実だったので、口をつぐんだ。
あなたは、僕の苦しみを厳密に理解することの困難さに自覚的だった。安易な共感も同情も、そこにはなかった。
あなたの口から安直な慰めの出てこないことに、僕は心のどこかで安心していた。
僕は生まれた時からずっと寂しい。
ここにはいろんな生き物がやってくるけれど、そのどれからも僕は切り離されている。
こんなにそばに居て、言葉を交わし合っているのに、いや、だからこそ、一層孤独が際立つのだ。触ったら触った分だけ、僕とあなたの境目がはっきりすると、わかっているのかいないのか、あなたは一度も僕に触れなかった。
あなたはいつかこの森にやってこなくなるだろう。僕は知っているのだ。
でも僕は、多分あなたがいなくなった後も、あなたのことを待って、またあなたの夢を見続けるだろう。
僕はあなたの手のひらの感触も吐息の温度も知らないから、あなた本人と話すことと、あなたを思い出すこととの間には、あまり違いがない。それが本物にせよ、僕の作り出した偽物にせよ、いずれにせよ僕は、ずっとあなたに会いたいと思い続ける。

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