雑司が谷散人の街道遊歩 0124
矢倉沢往還 4日目-03 2017.5.5
国分寺跡の北側は、国分尼寺跡。
国分寺との間に、目久尻川からの運河と思われる逆川の流れがあった。
尼寺の伽藍配置は、中門・金堂・講堂が南北直線状に並んだ。
大山道旧道沿いの消防団の倉庫には、シャッターに相模国分寺にあったという七重の塔のイラスト。
大山を背景に壮大な塔が聳えた往時を偲ぶ。
相模国分寺跡に近い大山道旧道沿いの火の見櫓。
大山道で火の見櫓のある風景は、荏田宿に続いて2度目か。
相模国分寺跡からそのフォルムが目に入っていた建物。
近づいてみると、旧海老名村役場庁舎で、今は温故館と呼ばれる海老名市立郷土資料館。
大正7年築の建物を一部移築したもの。
相模国分寺そばの大山道旧道に、海老名名物の大ケヤキ。
樹齢300年以上と推定され、船繋ぎ用の杭が根付いたというから凄い。
中心の幹は途中で失われているが、左右の枝が大樹の威厳を守るべく、空に向かって枝を広げている。
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