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雑司が谷散人の街道遊歩 0978

日光街道 7日目-09 2019.10.14

徳次郎石の特徴は、色の白さにもあるという。

徳次郎石の蔵

国道119号は徳次郎宿へ。
徳次郎宿は、江戸から18番目の宿。
奈良期の久次良氏の領地とされ、当初は「外久次良」と表記したというが、宇都宮国綱家臣の新田徳次郎が徳次郎城を築いたことから、「徳次郎」の字を当てたという。

徳次郎宿

徳次郎宿は上徳次郎宿、中徳次郎宿、下徳次郎宿の3宿から成り、これに門前村、田中村、西根村を加え、徳次郎六郷と呼ばれた。
天保年間の記録では、本陣2軒、仮本陣1軒、脇本陣3軒、仮脇本陣1軒、旅籠72軒で、日光街道では最大規模の宿駅だった。

徳次郎宿

国道右手に智賀都神社。
このあたりは古くは千勝森(ちかつのもり)と呼ばれ、宝亀9年、ここに日光二荒山神社の御神体を勧請したという。
鳥居の後ろに見える2本の大ケヤキは、推定樹齢700年という古木。

智賀都神社

国道右手に、大網町への道を示す道標が立つ。
大網町は日光街道右手の田川対岸奥の集落。

大網町への道標

この後、激しい雨に見舞われ、バスで宇都宮駅へ戻り、日光街道の旅7日目を終了。

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