宮台真司先生のtwitter講義

国葬前日に行われた安倍元首相銃撃事件の山上徹也容疑者をモチーフにした映画「REVOLUTION+1」の上映イベントで宮台先生が言った言葉

安倍晋三氏という瓶のフタが取れたからでしょう。
機能としては世直しとして機能している

https://www.youtube.com/watch?v=p0oMt3bsDCc

これに対して宮台先生の言う所の頓馬
思考停止の依存的体質を持った人間たちが
テロを容認、賞賛、肯定、支持者だ!等々と騒ぎ立てた事に対して
宮台先生がツイート(リツイート)した中に
某氏(非難したい訳ではないので伏せる)に対してのツイートが
一見の価値があると思ったので
こちらに記しておきます。

※厳密には引用に当たらないが宮台先生が容認してくれる事を前提に^^
繋ぎ言葉は削除して加改行しています。

ご自身も刺された訳ですが家族にも被害が及び奥さまやお子さんが殺害されたとして「犯行は機能的には世直しになった」と言われても同じ態度が取れるのでしょうかね
無教養?あんたこそよく考えろと言いたい

某氏ツイート返信より
https://twitter.com/s55meikyousisui/status/1607348971693027333

ほお。とうとうお前の反倫理性が露わになったな。
少し学問的になるが応答してやろう。

https://twitter.com/miyadai/status/1607558440897122304

お前は頓馬&情弱。
頓馬に刑法理論を教えよう。
刑事罰の3機能:
①重罰で威嚇的抑止、
②当事者・家族・社会の感情的回復、
③社会的意志貫徹。
国連犯罪統計では①は軽犯罪と軽い性犯罪のみの効果。
②感情的回復には刑罰外の代替手段が存在。
③社会はそれを許さないという規範の社会的再確認。

https://twitter.com/miyadai/status/1607558752294809600

ここでの問題は②。
古くは応報刑主義。近代は教育刑主義へ。
今日の言い方では応報司法から修復司法へ。
修復司法は「同じ犯罪が起こりにくい手立ての構築で、気が済む」。
応報司法は「復讐で気が済むだけで、犯罪を歩留まり的に誘発する社会はそのまま」(前述の如く重罰の威嚇効果なし)。

https://twitter.com/miyadai/status/1607558949842341889

同じ「気が済む」でも、統治の視座からは当該犯罪率低下を導く修復司法が良い。修復とは、問題ある秩序の修復つまり世直し。犯罪生起を支えた前提(必要条件たち)をいじって犯罪を抑える営み。
宮台の立場は、感情合理性より理性合理性を優先した修復司法。
犯罪を「世直し」に活かす伝統だ。

https://twitter.com/miyadai/status/1607559193502056448

宮台:安倍死で瓶の蓋が取れ安倍自民党の統一教会ズブズブ顕在化。
安倍死以前にそれを問題化できぬ日本人の劣等性を手当てする修復司法へ ①瓶の蓋が取れて安倍自民党の統一教会ズブズブ顕在化=機能的事実
②安倍死以前にそれを問題化できない劣等性の手当て=犯罪を反復させぬ処方箋。

https://twitter.com/miyadai/status/1607559475279593474

(某氏)は宮台が《殺人全てが世直しになってる》と頓馬な読解。
この愚昧は「ユダヤ人虐殺がドイツを正す機能を果たした」とするヘーゲル的理解=マルクスへの無知。
虐殺は疑似主語で、真の主語はドイツ人。
ドイツ人が虐殺を反省してドイツを正した=世直しした。
ドイツ修復はドイツ人次第。

https://twitter.com/miyadai/status/1607559632037515265

安倍死で何に気付き手当て(修復)するかは日本人次第。
安倍死以降、宮台の記事から安倍自民党の統一教会ズブズブのくだりを削除した朝日新聞などヤバかったが、直ちに告発して修復された。
ミヤネ屋などもズブズブ告発に乗り出し修復に向かった。
殺人を世直しに結合するのも日本人の主体性。

https://twitter.com/miyadai/status/1607559756234821632

結果、辛うじて問題ある秩序の修復=統一教会問題の手当てに繋がった。
ヘーゲルの誤謬:安倍殺害自体は世直しではない。統一教会問題の修復に繋がったのは普遍法則ならぬ「犯罪を世直しに繋げる主体的営み」の帰結。「安倍死→蓋の除去→問題露見」でさえ主体的営みがもたらした世直しの機能。

https://twitter.com/miyadai/status/1607559907490029568

宮台は不十分と主張。
「安倍死→蓋の除去→問題露見」の前に「日本的劣等性(ヒラメキョロメ)→問題横行」がある。
故に安倍が悪いんじゃなく「日本全国どこを切っても金太郎飴の安倍の顔」が悪い、これを修復せよと告発。
頓馬は感情合理の応報で気が済む。倫理家は理性合理の修復で気が済む。

https://twitter.com/miyadai/status/1607560105930768384

刑法に戻る。
倫理的たるべき統治の視座は全体性を見る。
故に感情合理の応報司法は「部分最適化による合成の誤謬」を招くと見る。某氏の劣化したオツムは「倫理的なつもり」の感情的「やってる感」。
日本社会の全体を良きものにしようとする倫理のカケラもない。
自己満足の塊。自慰なのである

https://twitter.com/miyadai/status/1607560220154421248

修復司法を補足する。
四半世紀前、複数の著作で、感情的回復には応報と修復の2つではなく修復を更に2分して3つあると述べた。
①応報感情の満足。
②対話による改心を通じた赦し。
③犯罪原因の除去による回復。
②を目的とした対話の参加者は被害者・家族・犯罪者。
③には市民と行政が加わる。

https://twitter.com/miyadai/status/1607561053608742912

修復司法は元々AMITYなど市民活動から生じた②を指す。
だが当事者(被害者・家族)のみの回復では不十分(過程の主観性)と批判され、犯罪による害の修復の施策構築を目標とする営みに拡張する立場が登場(最大化モデル)。犯罪による害の核に社会政策への不信が含まれるので犯罪原因の除去を含む

https://twitter.com/miyadai/status/1607561474599452672

日本にいると流れが遅くて分かり難いが、70年代に始まった②は、90年代には不完全さが意識されて過程の主観性を超えた再犯率低下が正当性根拠に持ち出され、ほどなく犯罪原因の除去を含む修復最大化モデルが提唱されるようになる。宮台の90年代後半の著作で②と③を合して修復司法とした所以だ。

https://twitter.com/miyadai/status/1607561671937249280

「修復的司法」でウィキペディアや辞書を検索する、記憶を内面化せずに外部に依存するネット民を含めた年少世代は、営みの時間的な展開を知らないので、《意味を取り違えていますね》の類のコメントを量産しがちである。時間を使って海外を含めた専門論文にクロノロジカルに当たる必要がある。

https://twitter.com/miyadai/status/1607561971356037120

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