都構想における大阪人の判断と、最近の人々の思い。
大人におけるかなり多くの時間を大阪で過ごしたので、大阪への思い入れは良くも悪くも大きいものがある。
自分の意志で初めて着いた大阪の印象は、どこ行ってもみんなよぉ喋っとるなぁ!だった。電車、食堂、喫茶店、スーパー、図書館でも普通にしゃべるんや・・・、みたいな驚き。
元々喋り下手で引っ込み思案の僕は、コミュニケーション力を大阪に鍛えてもらった。大阪では中の下ほどのレベルだが、全国平均なら中の上ぐらいになれたのではないかと自負している。
維新の会は大阪では根強い人気があると聞くが、一丁目一番地の政策が2回も否決されたことで、今の日本が進むべき方向が本当に難しいところにあるということを改めて思い知らせれた気がした。
あの言いたいことを言う、どんなことでも言い放ってしまう大阪人でさえ、2重行政の解消に向けて判断できないのではないのかと思った。都構想は斬新なやり方だがアレルギーがきついのか、受け入れられなかった。みんなが好きな維新が頑張って言ってでもだ。
多くの人が平和は大切だと言いながら、自分にとって経済的な不利益があろうもんなら反旗を翻す・・・、とまでは言わないまでも興ざめしてしまう。トランプ政権が憎まれながらも健闘しているのは、そんな気持ちが人々の中に働いているのではなかろうか。
大阪には「浪花節」がある。おバカをしながらも義理人情にホロりとしてしまう文化だ。日本を代表とする街として、自分自身が長年お世話になった愛着ある街として、都構想はもうテーブルに上がることはないだろうが、「じゃあどうする」を賛成した人も反対した人もちゃんと考えて、今抱える問題に挑戦してほしいと心から思う。
環状線の駅一つ一つをとっても本当に個性豊かで、これを受け入れてきたのは大阪人の素晴らしさとええ意味のええ加減さやと思う。ええ加減がやりにくい時代だが、大阪スピリットで日本に前例のない改革を成功してほしいと切に願っています!