赤メガネ猫耳ニーハイ姫カット 推し色数珠にギョウザローファー

 私が年がら年中y〇utubeを視聴しているくせにプレミアムに加入しない理由は一つしかない。いわゆる「コンプレックス広告」を見るためだ。漫画のコマの流れを動画にし、異様に早口のナレーションとともにキャラクターや吹き出しが申し訳程度にバウンドしたり回転したりする、あの広告だ。

「外見上の問題から恋愛や仕事ひいては人生がうまくいかなかったが、商品を購入することでそれが劇的に改善される」というストーリー仕立ての広告は、ルッキズムを助長するものとして視聴者の不快感を煽り立て、抗議活動に発展したことからか、現在ではかなりマイルドになっている。体型・体毛の有無・肌質のため物事に積極的になれない主人公が、サプリメントの服用・脱毛・美容機器の使用などによって変わるというストーリーの主軸は変わっていないが、劣等感を煽り立てることよりも主人公の心理変化を描くことに力点が置かれることが多くなり、僅かながら不快感も少なくなっているように感じる。
 しかし往時の過激さは影を潜めているものの、新たな「コンプレックス広告」は、矛盾した設定や珍妙な展開、回収されない伏線などによって見る者を惹きつけてやまない。
 例えばとあるサプリメントの広告では、主人公(ハルカ)の彼氏と、主人公の親友(リカ)が浮気をしていることが発覚する場面で、リカはハルカに向かって「リカ…?」と口走り、記憶喪失気味に自己紹介をしている。またあるマウスウォッシュの広告では、主人公の男性がマンションの自室の鍵を紛失し、一時的に入れてもらった隣人女性の部屋の洗面所で勝手に歯ブラシを使っている。詳細は語られていないので自分で持ち歩いているものなのかもしれないが、万一隣人宅の歯ブラシを勝手に使っていたとしたらと思うと身の毛がよだつ。とある脱毛の広告の冒頭では、主人公の目の前で将来の彼君となる男性が警察にお縄を頂戴するシーンが挿入されるが、その罪状などについては一切触れられることなく、脱毛後恋愛が円満に成就したことになり広告は終了している。
 こうしたコンプレックス広告はさしずめジェネリック・カブトボーグともいうべき中毒性を持ち、手軽に視聴できるクソアニメとして楽しめる。惜しむらくは広告の表示がランダムであること、確認したいことがあっても戻るボタンがないこと、私が知らないだけかもしれないがアーカイブがなく見たい時に見返せないことである。

 ところで、到底プロの声優とは思われない女性が能う限りの低い声を出して男性キャラクターに声を当てている様は、黒歴史としての「生物学上は女(笑)」を彷彿とさせ、私自身は「生物学上は女(笑)」を自称したことはないにもかかわらず悪寒を覚える。
 このナレーションは誰が担当しているのだろう。中学時代にアニメやゲームにのめり込み声優になりたいと夢を持つも専門学校に入学するだけの踏ん切りがつかず、「両親の反対」や「安定した生活」といった耳障りのいい言葉を盾に進学を選び、いわゆるオタサーでは内心期待していたほどの取り巻きが自身の周りに形成されなかったことから「やっぱり女の子しか勝たん」などとのたまい、現在は小さな広告会社の事務員として勤務時間中にデスクやトイレで「帰って絵を描きたい」「仕事したくない」等と呟きながらTw〇tterを巡回していたところ「○○さん、自分でオタクだって言ってるし、アニメ声っぽいから、どう?(笑)」と目をつけられマイク前に立つことになった女性だったら、彼女は何を思うんだろう。かつての夢が思いがけない形で叶ったと喜ぶのだろうか、それとも本職の声優に対する申し訳なさを感じるのだろうか、もしくは本気で声優を目指していたら違った生活を送っていたかもしれないのにという悔恨の念を抱くのだろうか、コンプレックス広告にアフレコをさせるなんて、ファッションや美容よりも推し活を優先させている私に対する当てつけだと怒りを抱くのだろうか…。まあそもそもこの女性は存在しないのだが。

 また、主人公の変身の契機となる彼君や、当て馬の女の子はいわゆる暗黒微笑やゲス顔で主人公に詰め寄ることが多い。Tw〇tterでイラストの有償依頼を募集している中高生にでも頼んだのかと思われる作画のものほど、ニチャリ率は高い気がする。
 私もオタクとしての自我が芽生えて以来、精神が健全だったことの方が少ない、というよりもそうだった記憶がなく、ニチャリ顔、キレ顔、絶望顔を愛好してきたことは消したくても消せない事実である。私にとってコンプレックス広告の視聴はインターネット自傷行為の一環ともいえるかもしれない。「メシウマ」にあたる言葉がドイツ語にもあると一時期話題になったが、「かつて黒歴史を犯した自分と同じ道を辿っている人を見て感じる、羞恥心と優越感の混ざった感情を一言で言いあらわす言葉」、ありませんか。

 それはさておき私が次にライブや同人誌即売会、オフ会等のイベントに参加することがあれば、毛先の死んだ触覚重ための黒の姫カットでフレームの赤い眼鏡をかけ、垢の詰まった爪にプチプラの推しイメージカラーのマニキュアを塗り、同じく手首には推し色のパワーストーンブレスレットを巻きつけ、国道沿いに建つア〇ペンの居ぬき物件の古着屋でたたき売りされていたペラペラのTシャツとカーディガン、大型スーパーマーケット等に併設されたH〇neysで数年前に購入したような小花柄のロングスカート、パンプスでもローファーでもミュールでもサンダルでもない合皮でできたギョウザのような襞を持つ靴等に身を包んで参戦したいと存じますので、どうぞお気軽にお声がけいただけますと幸いです。さすがに見苦しさで死体蹴りをするのは倫理的にいかがなものかと思われますので猫耳ニーハイの着用は致しませんが何卒ご容赦いただきますよう伏してお願い申し上げます。ただし幸いにしてサプリメントの服用、脱毛、美容機器の使用等が功を奏し、大学、サークル、会社等の組織・団体一のイケメンだが手ひどく女を振る冷酷漢と噂されているが実は優しい一面をもつ彼君ができた場合や、理解とナイフをぺろぺろしていた過去のある彼君ができた場合はその限りでないかもしれません。

なお、この記事はすべて架空のものであり、実在するすべての個人、団体、広告等と一切関係はありません。

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