「リサーチのボードゲーム」のリサーチ&開発プロセス全公開
『リサーチャーすごろく』というボードゲームをつくりました。
リサーチカンファレンスの運営に携わるリサーチャーたちが考えた、たのしく遊びながらリサーチの入門にもなるゲームです。
カンファレンスをはじめ、様々なシーンでの活動が評価され、人間中心設計推進機構によるHCD-Net AWARD 2023 にて最優秀賞をいただきました。
「すごろく」と銘打っているように、基本的にはサイコロをふってコマを進めるかんたんなゲームですが、リサーチの実務とあるあるから発想したユニークなシステムが特徴です。
これからリサーチを学びたい人にも、リサーチとは何かを誰かに知ってほしい人にもおすすめなゲームになっています。
本noteは、そんな『リサーチすごろく』が完成するまでにおこなったリサーチと開発の記録です。
ボードゲームつくろう&あそぼう
ボードゲームをつくろうという会話がはじめてされたのはたしか、リサーチカンファレンス2022終了後の打ち上げでした。
やや酔いながら、スタッフ同士で来年は何をしようかと会話をしていたときにゲームつくりたいねというアイデアが出ていたような気がします。
その時はその場の軽いノリかと思ってましたが、気付けばリサーチカンファレンス2023のSlackグループでゲーム専用チャンネルがつくられ、続々とメンバーが集まっていました。
僕はゲーム作りの過程がリサーチっぽいよねというゆるさでカンファレンスのスタッフをやっていましたが、それなら専門分野だし、制作過程でプロのリサーチャーたちから実践知を学べるじゃんという下心もあって取り組むことにしました。
まずはボードゲーム制作チームに名乗りをあげてくれたメンバーで、キックオフ兼ボードゲームを遊ぶ会を開きます。つくる前に遊ぶのはゲームデザインのグランドルールです。
もちろん、ただ遊ぶのではなくて、「なんとなくリサーチっぽい」ゲームをチョイスします。
たとえばリサーチといえばインタビューということでおたがいの話をする『ito』、各自が少ない情報から仮説を立てて答えを探りにいくプロセスがある『インサイダーゲーム』など。
そして個人的本命として『白猫はどこに消えた?』(以下、白猫)を遊びました。本作はフラグメントミステリーと呼ばれる協力型推理ゲームで、日本の秋山真琴さんの作品です。
一回きりしか遊べないネタバレ禁止のゲームなのでシステムだけ説明すると、プレイヤーはある事件を解決するため、場に裏向きに並べたカードをめくって情報を集めて仮説を構築し、真相を解き明かすことを目指します。
めくったカードの枚数が少ないほどスコアが高くなるので、より少ないカードで答えにたどりつくスコアアタックがたのしめます。
本命とした理由は「カードをめくって情報をあつめる」過程が、リサーチをデフォルメする手法として優れているのではと考えたからです。かといってミステリーファンだけしか楽しめないような複雑さでもなく、フェアに情報が示されていて納得感のある難易度でした。もちろんストーリーもすばらしく、プレイしてみた結果、メンバーは大盛りあがり。
この方向性はたしかに良さそうだぞということで、後日別メンバーにもプレイしてもらい、その過程を簡単なカスタマージャーニーマップにまとめるなどして分析してみました。
ゲームのコンセプトを決める
ゲームプレイを通じて、リサーチのゲーム本当につくれそうだねという空気がチームにできてきたので、ゲームのコンセプトをみんなで考えはじめます。
ベースにしたのはリサーチカンファレンスのコンセプトです。
これをふまえるとリサーチガチ勢だけが楽しいゲームはちょっと違いそうです(それはそれでおもしろそうですが)。
どんなコンテンツもそうですが、難易度と間口の広さは反比例します。今回はカンファレンスのコンセプトにのっとって間口を広く取るべきだとチームは考えました。よって難易度は低めで多くの人が楽しめるものが望ましそうです。
また、リサーチャーとしてゲームでどんな課題を解決できたらうれしいかのブレストもおこなったところ、「リサーチャー以外の人にリサーチャーが何をやってるのかの説明コストが高い」という声が出ました。それを解決できるゲームになったら、リサーチャーたちからの支持も得られそうです。
これらを踏まえて、比較的簡単にプレイできて、プレイするとリサーチャーがなにをやっているのかが分かる、しかも楽しい、つまり「リサーチのおいしいところが楽に食べられるゲーム」というコンセプトが見えてきました。
リサーチの「おいしいところ」はどこだ
そこで続けて、リサーチの「おいしいところ」はどこなんだろうというリサーチを自分たちに対して試みます。
Miro上でいつリサーチ楽しい!ってなるかの意見をもちよってみたところ、どうやらリサーチャーたちは「人のおもしろさに気付く」「予想外の発見」「思い込みが変わる瞬間」ときにリサーチ楽しいってなるようです。
そして、リサーチ過程のなかでそれが起こる瞬間といえばインタビューになります。これをふまえて、フラグメントミステリーをベースにインタビューをゲーム化してみることにしました。
プロトタイプその1『インタビューミステリーゲーム』、そしてピポット
そうしてできたのが、ユーザーインタビューでの質問と回答をカード化し、得られた情報からインサイト構築を目的とするフラグメントミステリーゲームです。題して、インタビューミステリーゲーム。
オモテ面が書き起こしの中から抜き出したインタビュアーの発話で、裏にインタビュイーの回答が入っています。ただし順序はシャッフルされているので、それぞれの発話を読んで、適切な順番で開いていかないと効率よく情報が得られないようになっています。
『白猫』との大きな違いは会話をベースとするため、いくつかの質問カードは他の特定の質問を開けてからでないと開くことができないようにしたことです(たとえばユーザーの学生時代に原体験があることが明らかになってないと、学生時代に関する質問カードをめくれない、など)。
ちなみにインタビューテキストは羽山祥樹さんが公開されていたユーザーインタビューの全文ダウンロードをベースにしています。
記事にもあるように通常であればユーザーインタビューの内容は機密保持の観点で公開されることはありえないのですが、なんと記事のためにインタビューをして公開用に文字起こしをしたという素晴らしい企画です。ご興味がある方は読んでみてください。
とりあえずメンバーでテストプレイをしてみます。
結果、パズル的で非常に楽しいという感想が出たものの、一方であくまでプレイヤーがリサーチャーだからプレイできたのではないかというフィードバックが得られました。
たしかに実際やってみると、それぞれの発話の読み込みは大変ですし、文脈を解釈するのはかなりのスキルを求められます。
プロトタイプを構築してるときはゲームブックみたいでもあり、けっこう楽しそうじゃんと思ってましたが、気付かないうちに難易度高めになっていたのでした。ゲームをつくっているとよくあることです。
また、インタビューは楽しいけど、インタビューに特化してしまうのももしかしたら違うかもという意見もありました。たしかにインタビューはリサーチのハイライトではあるかもしれませんが、それをすべきかどうかの前段階の調査や判断もリサーチに含まれます。
あとから考えると当然かもしれませんが、実際プロトタイプをやってみると、それが含まれていないのはもったいないとチームの中ではっきり気づけたということです。
浮かび上がったこれらの課題を解決するための手段として、次はすごろくゲームが良いのではという仮説が立ちました。
すごろくなら、多くの人がもつヒューリスティックを利用できます。つまりゲームのタイトルが「〇〇すごろく」なら、だれもが詳しいルールを説明しなくてもサイコロを振ってコマを進めるゲームだと見当がつくというわけです。これはプレイヤーの導入コストを下げるのに大きく貢献します。今回の企画の目的は新しいゲームシステムを開発することではないので、クラシックなシステムを採用することにデメリットはありません。
また、すごろくであればリサーチ全般のプロセスを自然に組み入れることが可能です。すごろくにはスタートからゴールという誰もが知っているフレームワークがあるため、そこにリサーチの流れを乗っければよいのです。
プロトタイプその2『リサーチすごろく』
すごろくをつくるなら、マスの内容が重要です。すごろくの金字塔『人生ゲーム』が古びることなく愛されているのは、時代に合わせてマスの内容がアップデートされていることと無関係ではないでしょう。
そこで我々はマスのネタになるであろうリサーチのプロセスを洗い出してみることにしました。主に参考にしたのは『デザインリサーチの教科書』と『はじめてのUXリサーチ』。ちなみにこれらの著者がリサーチカンファレンス発起人の方々です。
ここで『はじめてのUXリサーチ』の著者のひとりである、みほぞのさんにベースデータのまとめをしていただけたので、かなり強度のあるネタを集めることができました。贅沢なやりかたですね。
それを踏まえてつくったのが『リサーチすごろく』です。
先のプロトタイプではなかったリサーチ前後のプロセスも組み入れ、プロジェクトの状況を理解するところをスタートとして、ゴールであるリサーチ完了までのプロセスをすごろくにしました。ただし早くゴールしたら勝ちではなく、ゴール時点でプロダクトポイントというスコアがもっとも高かった人が勝ちです。
個人的に発明だったのは、「〇〇マス進む」というマスをネガティブ効果にしたこと。
一般的なすごろくなら素早くゴールに近づくことはポジティブですが、リサーチャーにとってはリサーチのプロセスを飛ばすことなのです。よってたとえば「時間がないので競合他社のことは考えないことにする。10マス進む」みたいなテキストがあります。
これもチームでテストプレイしてみました。
結果、今回も大いに盛り上がりました。メンバーのノリがよいのありますが、すごろくならではの波乱万丈があったのが大きかったと思います。
たとえば調子良くリサーチを進めていた人が急にプロセスを飛ばしてしまうというシーンは、経営側の急な方針転換に板挟みになったリサーチャーのドラマを思わせます。点と点で起こるイベントをつなぎ合わせてストーリーテリングできるのはすごろくの楽しみですね。
ただ、今回も改善が必要そうなポイントがいくつか見つかりました。たとえばゴールってなんだ?という疑問。リサーチの本における終章はリサーチの終わりでいいけれど、実際のリサーチ業務におけるゴールってこれでいいんだっけということです。
また、すごろくシステムを採用したことによって誰でもあそべるゲームになりましたが、一方で運要素が強く、プレイ後の振り返りの材料を得られにくいという指摘もありました。
これが実はなかなか難しい問題でして、振り返りができるポイントとはつまり、選択肢や意思決定のポイントです。それが入りすぎるとゲームの難易度があがり、考えるべきことが増え、本来の目的であるリサーチについての理解を阻害する可能性があります。
まとめると、どうやらすごろくというシステムの筋はよさそうですが、ほどよくリサーチの現実に寄せて学べるポイントができるといいのではという感じです。
結構むずかしい調整になりそうですが、ここまでのデザインプロセスで拡散(遊んでみるなど)→収束(プロトタイプ作成)がひと段落した感があったので、ふたたびインスピレーションを得るべく、2回目の拡散フェーズに入ってみることにしました。
ボードゲーム合宿
すごろくはいいとして、マスに何をいれるかは改めて考えようということで、チームでの合宿を敢行しました。泊りのマジなやつではなくレンタルスペースでお昼過ぎからあつまって夜までがんばるやるやつですが、合宿ってしたほうがなんかワクワクしていいですよね。
まずは集まったメンバーで現状を確認、その後、もっと幅広くリサーチについての情報をブレストしてみることにしました。
リサーチあるあるのポジティブ&ネガティブ、リサーチやっててよかったこと、リサーチにつかうアイテム、リサーチについて一言いいたいこと、などなど。
たぶんもっと切り口を探せばあると思いますが、少なくともプロセス以外にもこれだけの要素があると言えるでしょう。やっぱりできたらこうした要素もふくんでこそ、リサーチのゲームなのではないでしょうか。
これらのアイデアを持ち帰り、再度検討することとしました。
プロトタイプその3『たのしいリサーチャーすごろく』
合宿で得られた要素と会話を考慮してできあがった第三弾のプロトタイプが、『たのしいリサーチャーすごろく』です。そして本作が、最終的な『リサーチャーすごろく』のベースとなります。
前回のプロトタイプとの大きな違いは、「ゴールマスを削除」して「サービスのシェアを一番伸ばした人が勝ち」としたことです。
これは、リサーチは目的ではなくあくまで手段であるという基本に立ち返ったデザインです。リサーチのことを知らない人ないしは初学者に理解してもらうには、リサーチの各論を知ってもらうのではなく、リサーチが含まれるビジネスの構造について知ってもらうほうが有効だろうと考えました。
よって本作はリサーチのゲームなのですが、なんと、いくらリサーチしても勝てません。リサーチをするとサービス開発・改善を助けてくれる「インサイト」や「なかま」を得られますが、そんなものいくらあっても、サービスをリリースして「シェア」を獲得しなければ意味がないのです。
ひどい話ですが、実際のサービスでも同じかと思います。良いサービスをつくって多くの人を幸せにするために、リサーチしてるはずです。それが逆転することはないでしょう。
本作ではプレイヤーは、望むかぎり永遠にリサーチできます。すごろくマップ左側のリサーチフェーズは円形になっており、ぐるぐる回ってリサーチを繰り返せるのです。リサーチの「リ」は繰り返しのRe!
そして、任意のタイミングでサービスをリリースし、マップ右側のグロースフェーズに移行します。グロースフェーズでは勝利条件になる「シェア」を獲得できるのですが、その際に「インサイト」や「なかま」が充分にないと、獲得効率が悪くなります。リサーチがなされてないサービスはユーザーの望むところをとらえられず、人気がでにくいのです。
だったらたくさんリサーチしてればいいじゃんなのですが、ゴールマスがないこのゲームは、いつゲーム終了するか誰にもわかりません。
各イベントマスで引くイベントカードに描かれた記号が一定数そろったら、その時点で市場が成熟し、いきなり終了するのです。
なのでじっくりリサーチしてからリリースしようとしてたらいきなりゲームが終わり、早めにリリースしていた人に負けちゃうなんてことも起こります。それもまたリサーチの現実です。もちろんその逆もあります。これによって、いつリリースすべきかの意思決定ポイントができました。ゲーム終了後は悔しい負け方をした人と間一髪勝利した人たちで、会話が盛り上がります。
当初の予定からはけっこう大きな路線変更となりましたが、3度目の正直というわけで我ながら手ごたえのあるデザインになりまして、メンバーも納得のゲームになりました。「リサーチのおいしいところが楽に食べられるゲーム」というコンセプトも達成できていると思います。
現地でのリサーチが活きる、すばらしいアートワーク
ゲームの内容ができたので、リサーチカンファレンス当日に向けてアートワークの作成にとりかかります。
デザイナーに名乗りを上げてくれたのは、しるこさんです。
初プレイから猛烈なスピードでラフをきってくださり、無茶ぶり感のあるスケジュールをものともせずに作業に着手、完璧に締め切りを守ってメンバー大絶賛のデザインを仕上げていただきました。
そうして出来上がったのが、冒頭にも載せたこちらです。
細かいデザインの工夫は数知れずなのですが、特に感動したのは得点トラックのサイズが不均等になっているところ。同じサイズでも下辺は0~5ですが上辺は10~20になっています。
これは実際のテストプレイの現場をしるこさんがご覧になり、得点が低いところでプレイヤーのコマが渋滞しがちなところに気付かれ、スペースの余裕をもたせたそうです。現地でのリサーチがデザインに活きているの、リサーチャーのゲームとして最高だと思いました。
ほかにも、このnoteではあまり内容に触れませんでしたが、マスやイベントカードのイラストがすべてユニークな描きおろしだったりと、豪華仕様になっております。
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というわけで、「リサーチャーすごろく」の制作プロセス公開noteでした。
ちなみに、基本的にはリサーチカンファレンスの会場や関連イベントで遊ぶ用ですが、好評を受けて研修やワークショップのプログラムとして提供をはじめました。
ご興味あれば、下記のリンクから概要をご覧いただき、ご連絡くださいませ。
個人的には色んな業種の企業さんでのオリジナル版をつくれたら楽しそうだと思います。
例:Designshipさんでのワークショップ
ありがとうございました!
ナイスプレー!