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LIGHT YEARS [長編小説] PART-1

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女子高校生5人のフュージョンバンド「The Light Years」が駆け抜けた、10ヶ月の物語。2023年夏に完結させた、187話・115万文字に及ぶ長編小説をまとめていきます…
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#青春

Light Years(1):イントロダクション

◆主な登場人物 大原ミチル  南條科学技術工業高等学校、情報工学科2年。フュージョン部2年組のバンドリーダーで、主にアルトサックス、EWI担当。直情型の行動派。 折登谷ジュナ  電子工学科所属のフュージョン部2年。担当はエレキ、ごく稀に生ギター。少々尖った性格で、ミチルの親友。 工藤マーコ  電子工学科所属のフュージョン部2年。ドラムス担当。どんなリズムも耳と腕で覚えてしまう。やや天然型。 金木犀マヤ  情報工学科所属、フュージョン部2年。キーボード担当。独学で譜面の

LightYears(4):Keep It Alive

 少年の目が、フュージョン部という名を聞いたとたん、それまでにない輝きを見せた。その時ミチルは、当たり前のことに気が付いた。オーディオ部ということは、たぶん音楽も様々なものを鳴らすはずだ。  ロックを聴くのはマイケミが流れていたことでわかった。PCやネットワークサーバーが置いてあるデスクの隣には、ざっと見ただけでおそらく1000枚以上あると思われる、ラワン合板で組んだCDラックがある。さすが工業高校、スピーカーからオーディオラックから、何から何まで自作ずくめである。  ミ

LightYears(5):Step Up Action

 翌朝、登校して席についたミチルのもとに、同じクラスのキーボード担当、金木犀マヤがバッグを下げたままやってきた。マヤはミチルと同じ情報工学科、2年1組である。 「おはよ、ミチル。昨日はバンド出られなくてすまんかった」 「おはよう。気にしないで、昨日はちょっとね」 「え?」 「ちょっと調子が悪くて、早く切り上げたから」 「ふーん」  マヤは訊ねかけて、それ以上踏み込んでくるのをやめた。どうも、ジュナからミチルの扱い方を皆が学習し始めているような気がした。 「そういえば、顧問に相

LightYears(6):Ciao!

 ミチルが学校敷地内での「ストリートライブ」の許可を、顧問の竹内先生に打診したのは休み明けの事だった。すでに期末考査も近い事もあり、考査が終わって夏休みに入るまでの間、ということで話は通ったが、場所については学校側から条件がついた。 「B棟裏、要するにクラブハウス付近でないと許可が下りなかった。中庭もアウトだ」  竹内先生は腕組みして、仕方なさそうにミチルに伝えた。その理由は、だいたいミチルもわかった。 「吹奏楽部ですか」 「ああ。向こうは向こうで夏休み中にコンクールがあるか

Light Years(7):Impressive

 吹奏楽部3年の市橋菜緒はラッカー仕上げの金色に輝くアルトサックス内側を、準備室で一人クリーニング用スワブで丁寧に磨いていた。  ふいにドアが開いて、長身でゆるいストライプの髪をした男子が、バスクラリネットの巨大なケースを背負って入ってきた。 「聞いた話だけどな、市橋。例の部、いよいよ廃部ルートが見えてきたそうだ」  高校生にしては低く渋めの声でそう伝えられ、菜緒の手がぴたりと止まる。後ろに結い上げ、両サイドを垂らした髪をひと撫でして、再びクリーニングを再開した。 「ふうん。

Light Years(9) : Limelight

 フュージョン部の5人が片付けを済ませて帰る準備をしている所へ、村治薫少年がSDカードを持って現れた。 「とりあえず1日目と2日目の演奏の録音データ。仮のミキシングをしただけで、まだマスタリングまではしてないから、音のバランスは我慢して。曲名もまだつけてない。ただの連番」  薫がミチルに手渡したカードには、ストリートライブを収録し、曲ごとにトラックに分けたWAVファイルのデータが収められていた。誰も気付かないでいたが、実はストリートライブの様子は、フュージョン部の部室内でライ

Light Years(11): Anything You Need

 それは本当に「ばったり」というオノマトペが相応しい瞬間だった。啓叔父さんの喫茶店を出て、その近くにあった古書店に立ち寄ったあと、裏路地から再びアーケード街に入った、まさにその瞬間である。二人の目の前に、見覚えのある顔が現れたのだ。  わりと最近会っている。というか、つい昨日も会ったし、なんなら一昨日もその前も。 「ごっ…ごきげんよう」  若干引きつった顔で強張った笑みをこちらに向ける、ベージュのワンピースをふわりと着こなした、フワフワ髪のその美少女は、フュージョン部のベーシ

Light Years(12) : In Perfect

 翌日、弟のハルトと共に折登谷ジュナ宅を訪れたミチルを待っていたのは、透明な作業用フェイスガードを装着し、ドリルビットがついた電動ドライバーを持ったジュナだった。ボロボロのカーゴパンツを履いており、髪は後ろに結っている。肌の色もミチルよりやや暗めなので、パッと見は男子にしか見えない。Tシャツは真っ赤な地に、白くチェ・ゲバラの顔がプリントしてある。 「おー、来たか」  フェイスガードの下から、いつものハスキーボイスが聞こえた。どうやらジュナで間違いないらしい。 「ちょっと部屋で

Light Years(18) : カピオラニの通り雨

 ミチル達は機材の片付けを済ませると、久々に気楽な気持ちで部室でひと息ついていた。明日のセトリはいつも演奏している定番のフュージョン曲なので、練習の必要がないのだ。 「そういう曲こそアンコールでやるべきなんだろうけどね」  明後日の譜面をリアナと一緒にチェックしながら、マヤはペットボトルの緑茶を喉に流し込んだ。久々に歌ったせいか、喉をだいぶ使ったようにマヤは感じていた。  今日は朝から色々あって、全員どっと疲れていた。部室のPCで相変わらず、薫が録音した音源をチェックしている

Light Years(19) : Control

 翌朝、フュージョン部の面々はミチルがいない状況で部室に集合した。リアナが不安そうにしている中で、2年生は表面的には落ち着いたものだった。 「昨日連絡もらったけど、ミチルはひとまず大丈夫なのね」  クレハが、いつものように保冷ボトルの赤い液体を飲んでいる。それが何なのかいまだに不明だったが、ルイボスティーもしくはローズヒップティー説が有力らしい。  ジュナはいつものようにギターをかき鳴らし、全員を見渡して言った。 「ああ。疲れてはいたけど、ちゃんと起き上がってたよ。ニンニク注

Light Years(20) : Money

 噂が広まるのは早く、速かった。一昨日のラジオ局来校のインパクトが大きかったせいで、5時限目が終わる頃にはもう多くの生徒の間で、「フュージョン部が話題づくりのためにラジオ局に金を渡した」という噂が、もはや事実であるかのような空気が出来上がっていたのだ。  当然、それを全くデマだと理解している生徒もいる。部費の使途は学校に提出しなくてはならないのに、話題づくりのためにわざわざ帳簿に使途不明金を追加する部活など、あるわけがない。  だが問題はフュージョン部の千住クレハが見抜いた

Light Years(21) : 仲間を求めて

 ポニーテールとミディアムヘアの二人組の前に現れたのは、先刻フュージョン部の部室前でピンク・フロイドとビートルズを歌っていた、不審な仮面の3年女子だった。赤い帽子は脱いで、やや癖毛ぎみのショートヘアが露わになっているが、仮面はつけたままだ。 「ミチルに暴言を吐いたことで、菜緒から叱責を受けた腹いせに、くだらない噂を流したということね。信じる方もどうかと思うけど、まあ嫌がらせの仕掛けとしては悪くないわ。証拠が残らないよう、LINEなんかは使わないでアナログの伝聞を用いたところも

Light Years(22) : Faces

 それは金曜日の終わりのことだった。夏至を過ぎたばかりとは言え、前座の不審者バンド「マネーロンダリングストーンズ」のせいで時間が押した事もあり、6時近くなって空はすでに暗くなり始めていた。  ドリンクだけの打ち上げもそこそこに、フュージョン部の面々が部室を出ようとしていた時、防音ドアをノックする鈍い音がした。 「なんだ?」  ジュナが肩にギターケースを下げたまま、立ち上がってドアを開けた。 「はーい」  開けたドアから、アスファルトで熱された生ぬるい風が入り込む。その風の中に

Light Years(23) : Friendship

 職員室の外が暗くなっても、何人かの教職員は3年生の進路関係の書類を処理するのに忙しかった。フュージョン部の顧問、情報工学科の竹内克真47歳もその1人である。斜め向かいには都市環境科の、年配で頭頂部が寂しくなってきた小嶋という眼鏡で小太りの教師が、同じく作業を続けている。  ようやく今日の作業も終わりが見えてきたところで、竹内顧問は天然パーマの頭をくしゃくしゃと掻いて伸びをした。 「台湾のオードリー・タンさんみたいな人なら、我々のこういう作業も効率化できるんですかね」  凝っ