マガジンのカバー画像

LIGHT YEARS [長編小説] PART-1

33
女子高校生5人のフュージョンバンド「The Light Years」が駆け抜けた、10ヶ月の物語。2023年夏に完結させた、187話・115万文字に及ぶ長編小説をまとめていきます…
運営しているクリエイター

#フュージョン

Light Years(1):イントロダクション

◆主な登場人物 大原ミチル  南條科学技術工業高等学校、情報工学科2年。フュージョン部2年組のバンドリーダーで、主にアルトサックス、EWI担当。直情型の行動派。 折登谷ジュナ  電子工学科所属のフュージョン部2年。担当はエレキ、ごく稀に生ギター。少々尖った性格で、ミチルの親友。 工藤マーコ  電子工学科所属のフュージョン部2年。ドラムス担当。どんなリズムも耳と腕で覚えてしまう。やや天然型。 金木犀マヤ  情報工学科所属、フュージョン部2年。キーボード担当。独学で譜面の

Light Years(2):廃部通告

 スマホで録音した練習の演奏を再生していて、ミチルがボリュームを上げようと古いステレオアンプに触れたその時に、それは起きた。ガリガリ、ブツン、という音がして、左チャンネルの音が出なくなったかと思うと、電源が切れたのだ。スタンバイのランプはついている。 「なにこれ」 「いよいよこの老齢アンプもお迎えが来たか」  額のヘッドバンドの位置を直してミディアムロングストレートの髪を左右に分けながら、ジュナが冷徹に呟いた。このあいだ、部室を念入りに掃除して、乱雑な配線も見直したばかりであ

LightYears(3):少年とスワン

 翌日の練習には、キーボードのマヤが来なかった。家の用事が急に入ったとの事である。とりあえず、リズム隊がいれば音にはなるので、キーボード抜きで演奏することにした。ジュナが、ある程度はキーボードのパートもギターでカバーしてくれるという。クルセイダース「Street Life」だとかの稀にあるボーカル曲も、単純なリフぐらいなら歌いながら弾いてしまう。いつも思うが、器用な子だ。    今日の練習曲は、ザ・リッピントンズの1989年のアルバム「ツーリスト・イン・パラダイス」から、1曲

LightYears(4):Keep It Alive

 少年の目が、フュージョン部という名を聞いたとたん、それまでにない輝きを見せた。その時ミチルは、当たり前のことに気が付いた。オーディオ部ということは、たぶん音楽も様々なものを鳴らすはずだ。  ロックを聴くのはマイケミが流れていたことでわかった。PCやネットワークサーバーが置いてあるデスクの隣には、ざっと見ただけでおそらく1000枚以上あると思われる、ラワン合板で組んだCDラックがある。さすが工業高校、スピーカーからオーディオラックから、何から何まで自作ずくめである。  ミ

LightYears(5):Step Up Action

 翌朝、登校して席についたミチルのもとに、同じクラスのキーボード担当、金木犀マヤがバッグを下げたままやってきた。マヤはミチルと同じ情報工学科、2年1組である。 「おはよ、ミチル。昨日はバンド出られなくてすまんかった」 「おはよう。気にしないで、昨日はちょっとね」 「え?」 「ちょっと調子が悪くて、早く切り上げたから」 「ふーん」  マヤは訊ねかけて、それ以上踏み込んでくるのをやめた。どうも、ジュナからミチルの扱い方を皆が学習し始めているような気がした。 「そういえば、顧問に相

LightYears(6):Ciao!

 ミチルが学校敷地内での「ストリートライブ」の許可を、顧問の竹内先生に打診したのは休み明けの事だった。すでに期末考査も近い事もあり、考査が終わって夏休みに入るまでの間、ということで話は通ったが、場所については学校側から条件がついた。 「B棟裏、要するにクラブハウス付近でないと許可が下りなかった。中庭もアウトだ」  竹内先生は腕組みして、仕方なさそうにミチルに伝えた。その理由は、だいたいミチルもわかった。 「吹奏楽部ですか」 「ああ。向こうは向こうで夏休み中にコンクールがあるか

Light Years(7):Impressive

 吹奏楽部3年の市橋菜緒はラッカー仕上げの金色に輝くアルトサックス内側を、準備室で一人クリーニング用スワブで丁寧に磨いていた。  ふいにドアが開いて、長身でゆるいストライプの髪をした男子が、バスクラリネットの巨大なケースを背負って入ってきた。 「聞いた話だけどな、市橋。例の部、いよいよ廃部ルートが見えてきたそうだ」  高校生にしては低く渋めの声でそう伝えられ、菜緒の手がぴたりと止まる。後ろに結い上げ、両サイドを垂らした髪をひと撫でして、再びクリーニングを再開した。 「ふうん。

Light Years(8):Miss You In New York

 後日、ひととおり期末考査の結果が出たフュージョン部の面々は、マヤとクレハ以外は何か悟ったような表情で部室に集まった。ちなみにミチルとマヤは情報工学科、ジュナとマーコは電子工学科、クレハだけは都市環境科という学科にそれぞれ所属しており、普通科目以外はそれぞれ試験科目も異なる。  かいつまんで言うと、ミチルは全体としてはまあ優良点だったが、プログラミング系の科目の成績が芳しくなかった。ジュナとマーコも表情が冴えないので、それぞれ同じような結果だったのだろう、と思い、ミチルは何も

Light Years(9) : Limelight

 フュージョン部の5人が片付けを済ませて帰る準備をしている所へ、村治薫少年がSDカードを持って現れた。 「とりあえず1日目と2日目の演奏の録音データ。仮のミキシングをしただけで、まだマスタリングまではしてないから、音のバランスは我慢して。曲名もまだつけてない。ただの連番」  薫がミチルに手渡したカードには、ストリートライブを収録し、曲ごとにトラックに分けたWAVファイルのデータが収められていた。誰も気付かないでいたが、実はストリートライブの様子は、フュージョン部の部室内でライ

Light Years(10) : ペパーミントグリーン

 大方の女子高校生の目が輝くのは、話題のスイーツ店やファッション、シューズのブランド店、コスメやアクセサリー店といった種類のショップだと思われる。あるいはアイドル、アニメグッズだとかを買い漁る女の子もいるだろう。  その彼女たちと変わらないか、あるいはそれ以上の眼差しで、大型リサイクルショップ「マルヨシ」の楽器コーナーにかれこれ30分居座っている女子高校生がいた。折登谷ジュナその人である。 「ねえ、これあたしに似合うかな」  通常なら流行のワンピースだとかを体に当てて友達や彼

Light Years(11): Anything You Need

 それは本当に「ばったり」というオノマトペが相応しい瞬間だった。啓叔父さんの喫茶店を出て、その近くにあった古書店に立ち寄ったあと、裏路地から再びアーケード街に入った、まさにその瞬間である。二人の目の前に、見覚えのある顔が現れたのだ。  わりと最近会っている。というか、つい昨日も会ったし、なんなら一昨日もその前も。 「ごっ…ごきげんよう」  若干引きつった顔で強張った笑みをこちらに向ける、ベージュのワンピースをふわりと着こなした、フワフワ髪のその美少女は、フュージョン部のベーシ

Light Years(12) : In Perfect

 翌日、弟のハルトと共に折登谷ジュナ宅を訪れたミチルを待っていたのは、透明な作業用フェイスガードを装着し、ドリルビットがついた電動ドライバーを持ったジュナだった。ボロボロのカーゴパンツを履いており、髪は後ろに結っている。肌の色もミチルよりやや暗めなので、パッと見は男子にしか見えない。Tシャツは真っ赤な地に、白くチェ・ゲバラの顔がプリントしてある。 「おー、来たか」  フェイスガードの下から、いつものハスキーボイスが聞こえた。どうやらジュナで間違いないらしい。 「ちょっと部屋で

Light Years(13) : 脚線美の誘惑

 後にミチル達が述懐するところによれば、それは凄まじい日々だった。何がというと、そもそも半分近くメンバーが知らない曲を、ほぼ即興でアレンジしてストリートライブで演奏する、という無茶苦茶な計画だったためだ。「あの時の自分達を振り返ると、若いっていうのは単にバカなのと同義かも知れない」とは、後々のメンバーの誰かのセリフである。  休み時間など空いている時間に、ストリーミングサービス等で曲を聴いて、コード進行などを確認しておく。自分が知っている曲に関しては、自信があるなら確認は自分

Light Years(14) : Big Girl

 その少女は、1年生3組、理工科の生徒だった。ちなみにクラスは1組から順に情報工学科、情報システム科、理工科、電子工学科、都市環境科、建築デザイン科、ロボット工学科、となっている。 「あの、さっきの演奏聴いてて、素敵だなと思って、その…」  なんとなく緊張しているようだが、その少女は1年生としては長身なせいで、緊張と裏腹に存在感はあった。ミチルやクレハとほとんど変わらず、ジュナより2センチくらいは高い。マーコよりは頭半分以上高い。顔付きはキリッとしているが、細身で風に揺れる柳