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LIGHT YEARS [長編小説] PART-1

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女子高校生5人のフュージョンバンド「The Light Years」が駆け抜けた、10ヶ月の物語。2023年夏に完結させた、187話・115万文字に及ぶ長編小説をまとめていきます…
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#一次創作小説

Light Years(1):イントロダクション

◆主な登場人物 大原ミチル  南條科学技術工業高等学校、情報工学科2年。フュージョン部2年組のバンドリーダーで、主にアルトサックス、EWI担当。直情型の行動派。 折登谷ジュナ  電子工学科所属のフュージョン部2年。担当はエレキ、ごく稀に生ギター。少々尖った性格で、ミチルの親友。 工藤マーコ  電子工学科所属のフュージョン部2年。ドラムス担当。どんなリズムも耳と腕で覚えてしまう。やや天然型。 金木犀マヤ  情報工学科所属、フュージョン部2年。キーボード担当。独学で譜面の

Light Years(22) : Faces

 それは金曜日の終わりのことだった。夏至を過ぎたばかりとは言え、前座の不審者バンド「マネーロンダリングストーンズ」のせいで時間が押した事もあり、6時近くなって空はすでに暗くなり始めていた。  ドリンクだけの打ち上げもそこそこに、フュージョン部の面々が部室を出ようとしていた時、防音ドアをノックする鈍い音がした。 「なんだ?」  ジュナが肩にギターケースを下げたまま、立ち上がってドアを開けた。 「はーい」  開けたドアから、アスファルトで熱された生ぬるい風が入り込む。その風の中に

Light Years(23) : Friendship

 職員室の外が暗くなっても、何人かの教職員は3年生の進路関係の書類を処理するのに忙しかった。フュージョン部の顧問、情報工学科の竹内克真47歳もその1人である。斜め向かいには都市環境科の、年配で頭頂部が寂しくなってきた小嶋という眼鏡で小太りの教師が、同じく作業を続けている。  ようやく今日の作業も終わりが見えてきたところで、竹内顧問は天然パーマの頭をくしゃくしゃと掻いて伸びをした。 「台湾のオードリー・タンさんみたいな人なら、我々のこういう作業も効率化できるんですかね」  凝っ

Light Years(24) : ステンレスの飛行船

 ジュナがミチルの病院を退出した土曜午前11時すぎ、ミチルのスマホにひとつのLINE着信があった。 「ん」  仰向けのまま通知を見ると、青空と桜の写真のアイコンだった。オーディオ同好会の村治薫くんだ。 『こんにちは。身体大丈夫ですか』  なんだ、わざわざご丁寧な奴だな、と思いつつ、ミチルは返信した。 『大丈夫だよ、ありがとう。私いない間もレコーディングしてくれて助かってる』  これは本心だった。音源は残しておけば何かの機会に役に立つし、単純に記念として保存しておけるのも嬉しい

Light Years(25) : UNION

 日曜日。ミチルは午前中に退院し、ようやく自宅に戻ると、数日間のブランクを埋めるため、ラッカー仕上げのサックスで練習を始めた。  吹き始めてみると不思議なもので、ブランクの前よりもむしろスムーズに吹けることにミチルは気付いた。それを昼食時にグラフィックデザイナーの父親に話すと、こんな答えが返ってきた。 「ああ、楽器の事はわからないけど、似た経験ならあるよ。学生のころ、静物デッサンがどうしても思うように描けなくてね。投げ出して数日経ってから、しぶしぶ再開したら、なぜか描けるよう

Light Years(26) : 放課後の音楽室

 フュージョン部の部員勧誘ストリートライブ、ラスト3日のうち1日目は若干太陽がかげっており、涼しい代わりに雨が心配な状況で始まった。  のっけから今までと様相が異なり、最前面には新入部員の1年生3人が陣取っていた。おかっぱ眼鏡の鈴木アオイがハンドマイクで真ん中に立ち、その左にデジタルパーカッションの長峰キリカ、右にはノートPCの前に座る獅子王サトルの姿があった。左奥では2年の金木犀マヤがキーボードの前に立ち、右奥で取って付けたようなEWI担当のミチルがいる。  冒頭、サトルが

Light Years(27) : カウント・ダウン

 陽が傾く中、部室に戻ったミチルを迎えてくれたのは、9つの笑顔だった。 「部長、お疲れ様でした」  リアナに続いて、全員が立ち上がる。 「ちょっ、ちょっと何よ」 「ミチル、悪いけど今みんなで決めさせてもらった。あんたは今から正式に、フュージョン部の部長だ」  ジュナは、ぽんとミチルの左肩を叩いた。それに合わせて、全員が拍手する。唐突な空気の中、ミチルは困惑していた。  すでに事実上、次の部長はミチルという流れにはなっていた。その点は確かである。だが、今ここでそれを決めるのか。

Light Years(28) : 炎の導火線

 それを最初に目撃したフュージョン部員は、自宅が学校に一番近い戸田リアナだった。登校時、徒歩で校舎に近付くと、何やらフュージョン部の部室のあたりに赤い巨大な四角形の物体が見えた。それが消防車だと気付くまで、数秒を要した。 「えっ!?」  唐突にリアナの心臓が鼓動を速めた。まさか。とたんに駆け足で校門をくぐり、部室に猛ダッシュで走り寄る。だが、とりあえず部室のプレハブが何ともなさそうなのは一目でわかり、わずかな安堵感を覚えた。  消防車の周りには野次馬の生徒がおり、教師たちが教

Light Years(29) : GO FOR IT

「って、言っちゃったんだけど、薫くん」  部室に戻るなり、ミチルは真っ先に薫にあっけらかんと言った。 「PA、なんとかなる?」 「ないものはない!」  それは、おそらくメンバーが記憶にある限り、村治薫少年の発した中で一番音圧レベルの高いセリフだった。またも敬語が鳴りを潜め、タメ口に戻っている。こっちの方が何となく自然体だと、メンバーには思えた。 「だいいち体育館、借りられるかどうかもわかんないんでしょ」 「借りられる前提で考えよう。どのみちストリートライブができない以上、他に

Light Years(30) : シュトラウス

 体育館での、フュージョン部の審査に向けた準備は着々と進んで行った。当日は1年生にも演奏してもらうという事になり、彼女たちが演奏している間、クレハとジュナ、マーコは機材の接続チェックを行う。ミチルとマヤは、審査に向けたセットリストについて体育館の隅で悩んでいた。  そこへ、竹内顧問が呑気な足取りでやって来た。 「おう、何やら大掛かりだな」 「あっ、先生。体育館の件、ありがとうございました」  ミチルとマヤは揃って頭を下げる。竹内顧問は、カレンダーを切って作ったメモ用紙の走り書

Light Years(31) : ASAYAKE

 翌朝、通常授業がある最後の登校日。ミチルたちは体育館に機材が運び出され、一時的にガランとしたフュージョン部の部室に集まっていた。 「こう?」 「だから薬指の曲げ方が違うんだって、こう!」  座り込んで青いアイバニーズでギターのコードの練習をしているミチルに、背後からジュナが二人羽織状態で覆い被さって、文字通りの密着指導が行われていた。その様子をリアナがじっと見ている。 「ギター弾ける後輩が2人も入ってきたんだぞ。簡単なコード進行くらいできるようになれ。あの本田雅人なんかサッ

Light Years(32) : ビッグ・アイディア

 何曲か演奏したところで、ミチルがマイクの前に立った。 『ここで、新たに加入してくれた1年生の4人に演奏を代わってもらいます』  振り向くと、ミチルはリアナとマイクを交代した。なんとなく、リアナが1年組のリーダーみたいな空気が出来つつあるらしい。 『1年、理工科の戸田リアナです。それでは、2曲セットでお聴きください』   それだけ言うと、リアナは左手に下がってガットギターを下げた。サトルがEWIを持ち、キリカがキーボードの前に立つ。そして、アオイがオタマトーンを持って真ん中に

Light Years(33) : NEW LOAD, OLD WAY

 体育館は静まり返った。審査員の教師たちは、何を言われたのか理解するのに数秒間を要した。  創設。いま、部活の創設と言ったのか。彼女たちは、部活の「存続」のためにこの審査のステージに立っていたはずだ。  ここで、ようやくというか、満を持してというか、教頭の阪本先生はマイクを手にした。 「ひとつ質問します、大原さん」 『はい』 「この審査会に、わざわざ他の部活動の協力をあおいで、このようにカフェ形式にした理由は?」  ミチルは、後ろのクレハを振り向いて頷き合ってから答えた。