故西村賢太さんの新聞記事
ここ数年、西村賢太氏の作品にハマっている。単行本や文庫本で刊行済みの私小説は全部読んだし、エッセイなども地元の公立図書館で借りることのできる分はほぼ読みつくした。実写映画化された『苦役列車』もアマプラでレンタルして観た。
西村賢太氏の作品の特徴は徹底的な私小説だ。つまり自分自身の経験や体験談をもとにストーリーを組み立てていく。ある短編を除いて、氏の小説の主人公はどれも、自身を投影していて自分の名前をもじった「北町貫多」。中卒。父親の犯罪による一家離散。日雇いの肉体労働。酒癖の悪さ。恋人へのDV。金欠。風俗や師のための散財…などといった一癖も二癖もあるキャラクターである。暗澹たる日々を貫多がもがく姿をさらけ出すように描かれている。そんな作風から氏は「破滅の無頼派」などと二つ名がついている。氏は残念ながら2022年2月に亡くなった。
ある日、X(旧Twitter)で西村賢太氏の新聞記事を撮ったポストを見つけた。ポストへのリンクや画像をここでは貼らないが、ポストによると2021年3月31日付の朝日新聞の記事らしい。新型コロナウイルスで学校行事が中止になっている現状についてインタビューを受けた氏の意見が掲載されている。見出しは「不幸? それは比べるから」。記事を読んでみると、コロナ禍で学校行事ができなかった若者に対して氏は共感を示していない。
この記事が心にスッと残って、スマホの壁紙に設定したほどだ。記事が気になる人は検索したり、図書館で探してみてほしい。記事の中で特に印象に残っている文を以下に引用したいと思う。
私は、コロナ禍が始まったときに就職活動の時期が重なり、私自身の根がどこまでも怠惰にできているせいも相まって、どこからも内定がもらえずに大学を卒業した。結句、卒業後に就いた仕事もすぐに辞めてしまって無職になった。いまにいたるまで幸いなことに家族のバックアップのもとで生活することができた。しかしながらここ数年のうちに、結婚を考えていて長く付き合っていた彼女と破局したり、過去10年ほど続けていて今後も続けたかった趣味やなりたかった仕事の試験勉強を断念せざるをえなかった。
それに加えて、同居する家族が万が一いつ死んでもいいように空白期間があっても就けて続けられそうな仕事を1,2年の間に探さなければならなかった。働く以外に稼ぐ手段も頭もない以上、仕事が必要だった。
そこでたまたま見つけたとある職種のためにこの1年ほど複数の国家資格の取得に励んだ。そしてその資格取得の費用をねん出するために、酷暑の日も大雨の日も倉庫や工場で日雇いの肉体労働に励んだ。肉体労働の合間をぬって試験勉強に励んだ。その国家資格はどれも全て合格して、いまはそれらを活かせる仕事に就いている。
基本給はめちゃくちゃ安いが資格手当などの諸手当があるし実家暮らしの独身からしたら蓄財や資産形成するのに十分な給料が得られる。年単位で無理なく続けられそうだといまのところ思う仕事だ。この点は幸いにも計画通り事が運んだ。
定職、すなわちメシのタネを得られたが、このためになにもかも失ってしまった。心もほとんど死んだ。休日は家でネットサーフィンしたりレコーダーに撮り溜めた映画を観て過ごすのがほとんどで人付き合いは滅多に無い。
外出するのは食料品や生活必需品を買いに行くときか映画館や図書館に行くくらいだ。あとは一人で完結できるような場所にフラッと寄ってフラッと帰る。外食するにしてもポイントが貯まるチェーンの牛丼屋やファミレスに一人で行くのがほとんどだ。
この現実を直視しないようにしようとすればするほど、ふとした瞬間に思い起こすことになり、心を万力で締め付けられるような気分になる。自分で自分を蹴り殺したくなる。
「何かを得るために何かを失う」ということについて小説家・北方謙三の言葉をふと思い出した。以下に引用する。
いろんなものを失ったが得たものもあり、だんだんとなにかいい方向へと私は向かっているのだろう。
凌轢の青春というレールを走る、陋劣な私の苦役列車は汚泥の川を越えてそう遠くない将来に終着駅へと着きそうだ。
2024.12.23