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牌譜検討勉強会について~ゴールの見えない会議は辛いという話

とてもありがたいことに、信頼している麻雀仲間からリーグ戦を通じた勉強会に誘っていただいた。トップ獲りのいわゆるMリーグルールで、半荘対局後にその対局者及び観戦者を含めての牌譜検討を行う形式。段位ポイントを失う心配をすることもなく思う存分に殴りあえる、格好の機会だ。先日さっそく、その第一回が開催された。

メンバーは雀魂でいうところの魂天から雀聖くらいのレベル帯まで様々だが、上位の方々に関してはその分析を聞くかぎり、とりわけ牌譜検討をするということについての経験値やスキルは自分(四人麻雀魂天Lv.3)よりも明確に長けている、そういう印象を受けた。

状況判断、配牌からの構想、牌効率、相手の速度や手牌読み、押し引き。引き締まった対局内容もさることながら、検討対象に対する分析は明晰で、判断もとても早い。要するに、牌譜検討としてのレベルがとても高かった。

だから私にとっては聞いているだけでも勉強になるし、手放しに楽める素晴らしい機会だった、と言いたいところだが、本音を言うと終始モヤモヤしながら検討を聞いていた。あえて言うならそれは議題のあやふやな会議の末席で手持ち無沙汰にボールペンをいじっている時のような、いうなれば「この討論は誰に向けて、どこに向かっているのだろう?」という感情が、どうしても先に立ってしまっていたからだった。

検討すること自体を愉しみ、ひたすらに論理を語り尽くしていたい、それを聞いていたいのか。あるいは参加者全体ないしは特定の誰かの実力向上を目指すものなのか。牌譜検討ありきと言う時点で、どちらかというと後者のイメージを私が勝手に抱いていたせいかもしれない。その辺りのテーマというか目的意識が共有できていない(私だけかもしれないが)ために、たとえば玉の間を勝ち抜くことを目指しているメンバーがいたとして、「この話を彼はうんうんと聞いているけれど、果たしてレベルアップに正しく役立てられるのだろうか?」というような疑念が拭えなかった。それは彼が解説を理解できてないという意味ではなく、むしろ逆で、それを理解するだけの実力があるために、例えばそれが身についていない知識や技術だとしても疑問や課題として意識に残らない(結果として雀力の向上に役立っていない)、ということが往々にしてあるからだ。良質な教科書を読んで満足したあとで、そこに出てきた漢字の半分も書き取れないのが勉学というものだ。もしも漢字の習得が目的であれば流し読みしていては不十分だし、だからといって読書自体が無益なものだという事では決してない。それそのものが娯楽だという捉え方だって出来るし、そもそも麻雀することの最大の意味を「楽しむこと」だとするなら、牌譜検討そのものを消費してその場限りで忘れたとして何も悪いことなどない。勝つための技術を多く身に付け高段位を達成することだけが喜びではないし、それどころか、むしろそれが麻雀の楽しみ方としては極めてヘタクソな部類に属するのかもしれないということは、そこそこ段位戦に勤しんでいる方になら共感してもらえるのではないかと思う。

誤解しないでもらいたいのは、検討してくれている内容はとても有益だし、参加されている方々はとても理知的であり礼節をわきまえ、なにより麻雀への愛に溢れている素敵な麻雀バカ(敬称)ばかりだ。先の第一回にも、純粋に大きな満足感を得た人の方が大多数かと思う。私もこのメンバーで麻雀できる機会を与えてもらえたことには深く感謝している。だからこそ、対局から検討までの一回あたり延べ3~4時間もの貴重な機会をより意義あるものにしたいという想いを、早い段階で表明しておくべきではないかと思った。

では、そのためにどう取り組んでいくべきと思うか。

そもそもは、個人の成績を競うリーグ戦だ。持てる力を出し切って麻雀を打ち切り、それをワイワイガヤガヤと、飢えるテーブルに運ばれてきた、脂の乗り切ったホッケの開きを各々が突付くように牌譜検討そのものを楽しむ。それで十分満たされる。私が先日モヤモヤしていたのは「せっかく呼んでもらえたのに、ただひたすら旨い肴を酒で流し込んでるだけでいいの?」という不安感からなので、別にこれをきっかけに麻雀が上手になろうとか誰かの役に立とうとか、そんなことは気にしないでバチバチやろうよ!ということだって何ら異存はない。なにしろメンツは申し分ない。そうであるならば少しでも皆に箸を伸ばしてもらえるような牌譜を残す、そのことだけに心血を注いでいればいい。打ち終わったら次回は酒を飲みます。

一方で、このリーグ戦を通じて少しでも強くなりたい、限られた時間で効率よく知識を吸収したいと思う人がいて、その助けになりたいと考えるのなら、少し検討方法を工夫すべきと思う。具体的には

  • 牌譜検討時の参加人数を絞る

  • 検討対象の牌譜(プレイヤー)を限定する

  • 指導ないし進行するメンバーを都度固定する

などなどいくつかの方法があろうかと思う。これは別に強い人が主導するべきというのではなくて、わからない側が次々と質問していく形式でもいい。ともかく牌譜検討で学習しようとするときには「教える側」と「教わる側」が明確だった方がやりやすいと私は思う。もしくは進行する側と質問する側、といったように。今回のリーグ戦メンバーは段位や実力に多少の違いはあれど「全員が対等な立場」なのだと思っている。もちろん主催や運営に寄与してくれているメンバーへの感謝は当然のこととして、ことリーグ戦の選手としてはの話だ。そのように皆が対等であればこそ、ともすれば取り留めもない検討めいた冗長な会話に終始してしまいやすい嫌いはどうしてもある。失礼な言い方になるかもしれないが、メンバー間にも多少の実力差がある以上、皆が好き勝手いうだけでは洗練された検討が自然と成り立つことは難しいのではないかと思う。堀好きのパートナーが白鳥翔なのか阿久津翔太なのか森井巧なのかで検討の質が変わるのと同じように。ただし、森井巧が相棒の堀好きがエンタメとして劣っているということは一切ないので念の為。大切なのは各々の立場がはっきりとしていることで、それによって「それは正しくないのではないか」あるいは「言われている意味がわからない」といった場面でも、話を聞き流すことなく意見が返しやすくなるのではないかと思う。腑に落ちない意見が「それもありですよね~」だけで濁されてなんとなく過ぎていく感じが、個人的にはとてももどかしいので。麻雀に一つの正解はないと知ってはいるけれど、互いを信頼しているからこそ、疑問手は切り捨ててほしいし、スパッと切られて痛快だと思えるような関係が作り上げられたらいいな、と期待しています。

いきなりの反抗的?な所信表明で恐縮ですが、初戦にラスを引かされた腹いせとかではないので、そこは申し添えておきます。この目を信じてください👀というわけで、ここから巻き返しを見せていく日本少年選手の活躍にご期待ください。ほんまか?



この記事の筆者:日本少年(https://twitter.com/zipangu_boy)

将棋ウォーズへの課金と引き換えに渋川式のメンバーシップを休止したら、直後にメンギフに当選してナンバーズ復帰した人。渋川式麻雀通信と千羽師匠のダジャレのリプ欄(不定期)が心のふるさと。カルビーポテトチップスの裏面スペースはもっと有効活用できないのか?とヤキモキしている。

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