見出し画像

聖書(ギデオン)と考古学が出会う時ー

前回の記事は新約聖書(第2神殿)時代の考古学ニュースでしたが、今回は旧約聖書時代の考古学ニュースが入って来ました。

ラキシュの北西3㎞の位置にあるヒルベット・アル=ライ(Khirbet el Rai)を発掘している、ヘブライ大学とイスラエル考古学庁の発掘チームが3100年前の文字の書かれた陶器の破片を発見したのです。

3100年前と言えば紀元12~11世紀になり考古学的には鉄器時代 I、聖書的にはイスラエル統一王国時代の1つ前の『士師時代』になります。聖書によればその時代、各部族から13人のリーダーが士師(ヘブライ語:裁き人)として立てられたのですが、イスラエルの状態は改善せず、より中央集権的な『王政』の時代へと入って行きました。

この時代については聖書においても士師記以外にはほとんど記述がなく、
 ①出エジプト
 ②王朝時代
という華やかな二つの時代の影に隠れた「地味な時代」であり、考古学的資料が少ない事も相まり士師時代における聖書の史実性については、「かなりの眉唾もの」と考えられています。(注:聖書考古学のメインストリームにおいては、紀元前10世紀のダビデ時代も士師時代ほどではないが眉唾ものとされている)

そんなほぼほぼ否定されている士師時代の聖書の史実性を見直すきっかけになり得るのが、今回出土したこちらの破片。

画像1

破片の上の部分が少し上向きに曲がっており、その角度から容量が1リットルほどの小さなつぼの上部(上の口付近)だと分かります。1リットルというサイズから香料や香水など高級なものが入っており、一般市民ではなく首長や氏族のリーダーなどの所有物だった可能性が高いでしょう。
しかし、やはり気になるのが「そこに何が書かれているのか」というところ。

画像2

インクで書かれており識別できるのは大きな破片の右5文字なのですが、そこには右から
   י ר ב ע ל
   Y R V A
(ア行) L
となっています。
実はこの名前は士師記に登場し、精鋭300人でミデヤン人を破り、40年に渡ってイスラエルを安定させた、あのギデオンの別名『エルバアル(イェルバアル)』と同じなのです。

ギデオンは士師になった直後にバアルの祭壇を破壊し、聖書の神への祭壇を代わりに築きました。ちなみにギデオン(ギドゥオン=גדעון)は、ヘブライ語のגדע= G D A(ア行)、「破壊する・切り倒す/落とす」という動詞から派生した名前。このバアルの祭壇を破壊(גדע)した事からギデオンは、エルバアル(ירבעל)という名でも呼ばれる事に。この最後の3文字はバアル(בעל)なのですが、最初の3文字「ירב」は「戦う」という意味になり、『彼はバアルと戦う』という名前とも解釈できます(発掘チームより)。破壊・戦いと、彼の名前には自身の人生が凝縮されているのかも知れません。

さて今回、紀元前12~11世紀という士師時代の地層から、同時代の士師の名前が書かれた陶器が出土したのです。この聖書の記述と考古学が一致するような発見について、発掘を指揮するヨセフ・ガーフィンケル教授と考古学庁のサアル・ガノル氏は「続きの文字が識別できないため、これが聖書に登場するあのギデオンのものだったかは分からない」としながらも、次のように述べました。

「ギデオンはその後エイン・ハロデ(ハロデの泉)などエズレル平野など、北部で主に活動しておりシェフェラ(ユダ平野)からの距離を考えると、違う『ギデオン』のつぼである可能性も考えられます。しかしそれも推測であり、あの士師ギデオンのものであった事の否定ではありません。
しかし重要なのは士師記の時代にエルバアルという名前が実在した事の証明であり、これは士師記の持つ歴史的な背景・現実という史実性を裏付けるものなのです」

画像3

聖書に登場する名前という事から、この小さな陶器の破片は大きな波紋・論争を呼ぶでしょう。炭素年代に基づくより正確な年代測定はまだなのですが、同じ層から水平に2つの取っ手がついたどんぶり(クラテール)状のかめが見つかっており、これは鉄器時代I(紀元1200~1000年、士師時代に相当)特有のもの(写真上)。
ですから、恐らく紀元前1100年前後という年代が大きく変わる事はないかと思います。

前述したように聖書考古学の世界では、出土品も乏しく史実性がかなり低いとされる士師記とその時代。しかしこの小さな陶器がそんなアカデミックな流れを今後変え得る、大きな鍵になってくるかも知れません。


素材元:
イスラエル考古学庁 公式Facebook
イスラエル博物館 公式HP
https://gath.wordpress.com/2020/12/01/late-iron-i-ceramics-from-khirbet-e-rai/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?