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散文詩「文庫本」

誰もがスマホとにらめっこする朝の電車の中で、ひとり文庫本を読んでいる女子高生がいた。

両手で大事そうに本を持ち、前屈みになって文字を辿っている。
その姿が、僕には新鮮なものに見えた。

女子高生はふと顔を上げ、窓の外の景色を放心したように眺める。
いや、見ているのは景色ではなく、きっと物語の世界なのだろう。

やがて車内アナウンスが次の駅の名を告げる。
女子高生はいそいそと文庫本を鞄にしまいドアへ向かう。
空想の時間から現実の時間へ。
彼女の顔にキリっとした緊張感が浮かぶ。
戦闘開始だ!

電車が停まりドアが開く。
女子高生は真っ先にプラットホームへ飛び出してゆく。
僕はその背中に向けて無言のエールを送る。

――いってらっしゃい。

君の心を捉えた物語が、きっと今日の君を支えてくれるだろう。

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