人生戦線の話をしよう。

 人生戦線の話をしよう。

 人生戦線は、私の家の近所の横断歩道の左端に存在する、長さ20m程度の白線のことだ。黒いアスファルトの上に浮かび上がった白の線は、さながら闇に架けられた一本の橋である。

 この白線から落ちた者は死んでしまう。という妄想を抱いて、小学生時代を過ごした人は多いと思う。私は、今でもその妄想に囚われたまま、こうして大人に育ってしまった。

 私は毎日、横断歩道の右端に立って、人生戦線の上を進んでいく。

 人生戦線を進むと、私の場合は会社に到達する。そこで私は本日を生き抜き、クタクタになって会社を出る。そしてまた、会社と家の間に横たわる人生戦線の上を歩き、そうして寝床に帰って泥のように眠りにつく。

 そしてまた、新しい朝がやってくる。その度に、人生戦線の上を私は歩いていく。その度に、白線を見下ろして私は思うのだ。

 この人生戦線から落ちたら、私は死んでしまう。


 きっと、これを読んでいるアナタの家の近くにも人生戦線は存在する。

 それは、学校に向かう道すがらにあるかもしれない。会社へ向かう道にあるかもしれない。スーパーに向かう道にあるかもしれない。アナタもきっと、人生戦線を踏みつけて、人生を進んでいる。


 人生戦線の先には戦場がある。

 土気色の陰鬱な表情をした人の群れが、くぼんだ眼でトボトボとオフィス街を歩いている姿は、疲労で擦り切れる寸前の軍人が行う行進に似ている。私は戦争を知らない子供たちだけど、世界大戦中の兵士も似た表情をしていたのではないだろうか。

 私はビジネスマンを見る度に、ここが戦場ど真ん中に思えて仕方ない。

 ビジネスマンは、見えない銃を持っている。そいつで獲物を見つけると、憂さ晴らしに引き金をしょっぴいて、弾丸で獲物の頭蓋を撃ち抜くのだ。これはビジネスマンに限った事ではない。きっと、学生も、子供も、親も、老人も、等しくみんなが弾丸を撃ち合う。弾丸の名前は「言霊」という。

 遠く離れた世界のどこかで、今も争いが行われている。テロや戦争で、実銃を持った人たちが、肉体的に人を殺している。一方でこの日本では、目に見えない銃を抱えた人たちは、精神的に人を殺している。精神的な殺し合いが行われている。

 「死ね」「使えない」「は?」「クビ」「ださい」「キモイ」「うざい」

 なんでも結構。この世には、人を精神的に殺す銃弾に溢れている。

 私は思うのだ。

 ここまで精神的な殺人の横行している国家も、実は珍しいのではないか、と。それが面白くて仕方がない。

 面白い。

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