ユーリー・ノルシュテイン「狐と兎」のうさぎのほっぺ
ユーリー・ノルシュテイン「狐と兎」のうさぎのほっぺが
ふわふわ
もふわふわ
もふふわわ
もふふわわわ
もふわふわふわ
です。
兎は木の家に住んで自分の生活の面倒を、自分で世話しているしっかり者です。狐が兎の家を盗むと、兎は負けない気持ちで、狐から自分の家を取り戻そうとします。しかし狐は強くたくましく、盗んだ兎の家に住み着いて絶対に離れようとしません。家を盗まれた兎をかわいそうに思った狼やクマや牛が、兎のために狐を兎の家から追い出そうとしますが、暴れる狐を前に逃げ隠れてしまいます。
家を狐から取り戻せない兎は、昼間の池を泳ぐ金魚をみても、家を思い浮かべてしまうほど途方に暮れてしまいます。
太陽が沈んで月が空にのぼると、家を盗まれた兎の心は極まってしまったのか、昼間の怒りや悲しみは複雑な胸中に落ち着いてしまったようで、道端に座り込んで、野宿しながら人参を食べる兎からは、それまでの兎とは違った雰囲気がします。
カリ モグ モグ モグ モグ
と人参を咀嚼している頬の、モコモコと起伏している口の中の筋肉と歯と、それを覆っている血脈と神経の温かさが、兎が生きるために必要な食べ物と、雨風避けられる家と、自由に着替えられる服の内の半分を失っている危機が、兎のふわふわした頬の映像から伝わります。
兎のもふもふと動く頬の毛が、ふわふわとしている数秒の間は、兎が上着のいる季節に、寒空の下で小さな荷物を携えているのが心配で、折り畳んで仕舞っていた人生をやけになって雑に広げて適当な敷布みたく扱う心境が痛ましくて、自分に蔑ろになっている無防備さを警告したい衝動と、気力が失せた兎を急かせない焦りで、とても落ち着かないです。
私はあの一瞬の、ふわふわと人参を齧る10数分の映像の一瞬の、カリカリと人参をかむモグモグする口をモコモコと動かす頬の毛のふわふわが大仕事をして、映像が人の心に入り込むのだと思います。
「Юрий Борисович Норштейн「狐と兎」のうさぎのほっぺ」完
©2023陣野薫
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