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minimal 服従の心理


 
  スタンレー・ミルグラムは、人が権力に従うときの心理状態を研究したアメリカの心理学者です。アメリカの名門イェール大学で「ミルグラム実験」と呼ばれる一般人を起用した大規模な心理実験を行った研究者として知られています。
 「ミルグラム実験」は、人が権力に従ってしまう状況下を突き止める心理実験です。人はバラバラの日常生活を送りながら、それぞれ独自に人生を送っています。しかし日常生活では異なる個性を持った人達が、ある時なにかしらの権力に従って一様に同じ犯罪に加担してしまうことがあります。
 「服従の心理」は、ミルグラムが権力に従っている時の人間の心理を明確にするために行った「ミルグラム実験」のレポートです。人が権力に従うとき、人が権力に刃向かうとき、人の心はどのように変化しているのか調査しています。世間の人たちに出来るだけ多く詳細を伝えられるように、細かな実験記録が簡潔に分かりやすく記されていて、心理学書を初めて読む人でも詳しく読み込めます。
 ミルグラムの考えでは、人間は地球に住む生物の中で、権威システムを使って地球支配に成功した生物です。権力に服従することは、人間の本能に馴染んだ命を守る方法で、服従は人間の思考を生存本能に結び付ける強力なセメントのようなものです。
権威システムは、上から下に向かって水が流れるように、上から下へ命令が流れる伝達システムです。
 人間は、権威システムで成功した種族に生まれて、生活しながら権威システムに慣れて行きます。権威システムを利用して報酬を得る方法を学び、その過程で権威に従うことを自身の生活の一部として受け入れます。そして、ある場面で自分が何らかの権威システムの構成員になっていることに気づけば、 権威に協力的な権威システムの一員として権力のために積極的に働くように育ちます。自分のことを権力者の要望に応えるための人員として受け入れているので、権力に従う間は個人的な考えを巡らせて状況を判断しません。
 人は、権力者から発せられる命令内容と命令理由に一貫性がある間は、思考を放棄して権力に従います。そして権力に従っている間は権力者をよく観察して、権威システムの質を独自に判定します。人は権力に服従する間の心の葛藤を権力者に負わせているので、権威システムが綻びて心の負荷を自己負担させられそうになると敏感に察知して回避しようとします。そのため、権威システムに綻びを感じると、権力に従う緊張に耐えられなくなった時点で、権力に反発し始めます。
 人は簡単に権力に従ってしまいますが、永遠に綻ばない権威システムにしか、人は永遠に服従しません。権力は簡単に人を従わせてしまいますが、完全な権威システムでなければ、人を完全に服従させることは出来ないのです。
 ミルグラムは、政治体制を権威システムに重ねて、不完全な政治が崩壊する必然性を権威システムの終生と結びつけます。完璧な政治が不可能であることは、完全な権威支配が行われない保証だそうです。
 ミルグラムは、権威に従う人間を本能的・動物的にとらえ、権力に反発する人間像に期待しています。権威に従いやすい人間にとってはより困難が付き纏う道であっても、本能に逆らえと肩を押すミルグラムは真の道徳を唱えています。自ら実験し、その記録を多くの人に知ってもらおうとしたミルグラムの思いは多くの人に共感されて、興味深い実験記録はもちろんですが、ミルグラムの本心にそれを受けとる人の心は掴まれてしまいます。

「minimal 服従の心理」完

©2024陣野薫


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