スズメの巣 第36話

※この物語はフィクションです。

急な別れ。
でもチームは、前へ進む。

第36話 悲しむ者と進む者

コンコン。
ドアをノックした。

「どうぞ~。」
重たい扉を開く。
「失礼します。」
声の主は、橋口である。

その向かいにいるのは、天地社長だ。
「いきなり呼び立てて申し訳ない。」
「いえ。どういったご用件でしょうか?」
天地社長は、渋い顔をしていた。

「今日は、日ノ出さんの件だ。」
「なるほど・・・。」
橋口は、察した。
「止められなかったのか・・・?」
「はい。積極的に残留を働きかけたのですが、日ノ出さんの意志が固く。」
「そうか・・・。」
「最後の投票まで、引き伸ばしましたが・・・。日ノ出さんの意志の強さによるスピーチが止めるべきでないと私を含めた多数が賛成。結局押し切られた形です。」
「なるほどな・・・。」
天地社長はそう言うと、窓の外を眺めた。

「やっぱり・・・。ちょっと悲しいな。」
「社長もそう思われるんですか?」
「ああ。いくらオーナー企業と一選手の関係性とはいえ。我々の仲間であったことには変わりないからな。」
「そうですね・・・。」

橋口は、社長が悔しいというのは理解できた。
天地社長は、大企業の社長ながらも情に厚い人だ。
なおかつ、現場第一主義の人というのを知っていたからだ。

以前、橋口はこんな話を聞いたことがあった。
それは、10年ほど前のこと。
業績不振に苦しむJOYグランドスラムに大規模なリストラの危機があったという。

しかし天地社長は、諦めなかった。
銀行や店舗の視察。
改善できるところはないか様々な場所に奔走した。
時には、土下座もしたという。
どうしたら誰も切らずに、会社を立て直せるか。
一朝一夕考えていた。

1年半もの間。
天地社長は、自ら全社員・アルバイトに1人1人面談したという。
その結果から一か八かの、大規模な配置換えを実施した。
結論は、誰1人切ることなく会社を復活させたのだ。

その話を知っていた橋口は、チームカラーに天地社長のこういった考えも取り入れている。

こんな仲間思いな人だ。
そう思うのも無理はない。
橋口は思った。
つづけて、こう話す。

「ただ・・・。私たちは待ってます。日ノ出さんのことを。」
「ん?」
橋口の言葉に、天地社長は反応した。
「このリーグはチームの人数こそ制限はあります。しかし、日ノ出さんは私たちのチームを推しでいてくれると言ってくださいました。だからタイミングもあるでしょう。ただ、タイミングがあったら違う場所になろうが、戻ってこれる場所を作ろうと思っています。」
「そうか。」
天地は、ちょっと笑顔になった。

「そのためには、前に進まないといけません。」
「ほう。」
「来シーズンからV-deersは1部昇格が決まっています。だから止まってる暇はないのです。社長の目標であるシーズン優勝をなるべく早く実現するため、新たな選手の開拓を進めています。」
「うん!頼むよ!応援してるからね。」
「はい。」
天地社長の目が、キラキラしているように見えた。

「では、私はこれで失礼します。」
「急に呼んで、申し訳なかったね。」
「とんでもないです。」
そう言って橋口は、社長室を出た。

その足で、チームオフィスに戻る。
「戻りました。」
オフィスには、金洗しかいなかった。
2人は、どうやら外回りだそう。

「あっ。おかえり。何の話だったの?」
金洗が、心配そうに聞いた。

「ああ。日ノ出さんの話。社長も寂しそうだったなぁ。」
「そうなんだ・・・。あっそうだ。うーみん。」
慌ててデスクからとある書類を持ってきた。

「はいこれ。」
「なにこれ?」
橋口は、ちょっとキョトンとした。
「企画書。」
「なんの?」
「次のシーズンからの新メンバーオーディションの企画書。」
「えっ?」

金洗は一息おいてこういった。
「次のメンバー選びの責任は、私に取らせてほしいの!」
橋口は、状況がわかってない。
「いや・・・。みんなで探したほうが・・・。」
「だから、この大会の責任者になりたいの!」

金洗は、話をつづけた。
「私、このチームで出来てること何もないし・・・。鳳さんは強いからアドバイスできるし、愛田さんは、愛にあふれてる。それでもってうーみんは、いい采配をしてるじゃない?」
「でも、さくちゃんだって貢献してるよ?打ち筋の分析とか・・・。」
「そうだけど!もっと貢献させてほしいの!」
橋口は、口をはさめない。

「最後まで私は、日ノ出さんが退団すること反対だった。退団しても仲間よ。だけど、やっぱり日ノ出さんは、日ノ出さんだもん!」
「うん。そりゃそうよ。」
「だから、新たな力を入れるんだったら。日ノ出さんらしいって言うので決めるのは違うと思うの!」
「なるほどね・・・。」
「前みたいに、選考レースもいいけど。みくちゃんみたいにいろんな人にチャンスをあげたい!」
「そういうことか。」
「だから、この大会を開きたい。この大会の責任者にさせてほしいの!」
金洗は、力強く言葉を紡いだ。

その言葉を聞いた橋口は笑顔でこういった。
「思いは分かったよ。やってごらん。ただし!私を含め3人のスタッフだけじゃない。選手の皆さんにも相談すること!それは絶対条件!」
「うん!」
金洗は、泣きそうな笑顔でこう言った。

チームへの愛。
これには、それぞれの示し方がある。
特にこの4人は。

つづく。



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