【エッセイ】通った道だからこそまだ推す。
一度は聞かれたことがあるかもしれない質問を考えた。
あなたの好きなポケモンは?
あなたの好きな○○シリーズではレアな質問かもしれない。
しかし、何かしらで1回は聞かれるかもしれない。
私は、こう答える。
「ハヤシガメです!」と。
ピカチュウとかではない。
ましてやナエトルでもなければ、ドダイトスでもない。
ハヤシガメなのだ。
言葉を借りれば、ハヤシガメしか勝たん。
というワードを声高に発するだろう。
理由は、簡単。
かっこいいの中に、かわいさがある。
だからこそ、カッコよさにもキュンとしてかわいさにもキュンとするのだ。
だから、私はハヤシガメを選んだ。
ちなみに私は、ポケモンのゲームから一時期離れている。
最後に遊んだのはブラックとかホワイト。
がっつり遊んだのは、ハートゴールドが最後かもしれない。
アニメ版は、がっつりだとダイヤモンドパールがド世代だ。
(これで世代はバレたかもしれない。)
それにゲームだとポケスロンだのポケモンコンテストばかりやっていた。
だからいわゆる全クリより、比重が大きくなっていた。
話が脱線した。
離れている理由としては、ポケモンを一時期の通過儀礼だと思っていた。
しかし、好きなポケモンに関しては変わらないことに私自身驚いた。
少なくとも5年は変わっていないはずだ。
推しとは、通過儀礼なものだ。
しかしながら、今でも覚えているものなのだ。
きっぱり忘れることはできない。
深層心理に刻み込まれているのだ。
だから、再び推しに戻ることだってある。
それが、今のリバイバルブームの鍵になっているのかもしれない。
時代は1周する。
それは、間違っていないだろう。
だからって、流行全乗っかりするより自分の推しを見つけることで自分らしく生きていけるだろう。