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不安と楽しむ。

誰もが、いろいろな不安を抱えている。

私もいろいろな不安を抱えていたし、今も抱えている。
ただ今の私は、不安を乗り越えよう、克服しようとは思わない。
不安という存在に寄り添うことにしている。

不安を決して克服することはできない。
それは、克服しても新しい不安が生まれてくるから。
克服しても克服しても、不安の壁があると流石にしんどい。


例えば、プロのサッカー選手の場合の不安を考えたい。

まずは、プロになれるかどうかの不安がくる。
プロ契約すると、試合に出られるかどうかの不安がくる。
試合に出ると、試合に出続けられるかどうかの不安が襲ってくる。
先発か途中出場かの不安もある。

監督が交代したら、戦術はどうなるのかという不安もある。
ライバル選手がやってきても、試合に出られるかの不安もある。

ケガをしないかどうかの不安や、
  ケガで選手生命を絶たれないかどうかの不安とも戦う。

不安なことを考えると、どんどん不安は膨らんでくる。
それも大きくなって膨らんでくる。


不安は影のようについてきて、決して離れない。
影が消えたと思っても、陽がさすとまた不安という影が現れる。

いつだっただろうか、このことに気づいた。
といっても、遠い過去の話ではなく、数年前だったと思う。
それ以来、不安と向き合って、楽しむようにしている。

不安を恐れると、克服しようとしてしまう。
だから、恐れないようにしている。


以前、検査でとある難病の疑いを指摘された。

聞いたこともない病名。
調べると、珍しい難病。
治療方法はなく、発症すると臓器移植しかない。
5年間生存率ということを、先生からどんどん聞かされた。

結果は疑いで終わったけれど、
始めからその病気の症状が全くなかったので疑っていたけれど、
病気の疑いを聞かされたその日はかなり苦しかった。

翌日になって、突然不安という苦しみから解放された。
解放された理由が、独特だった。

この病気になったのは(実際は違うが)、今わかったのは・・・と、
  なぜか意味や意義を探そうとしていた。
無理やりに意味や意義を見つけると、不安だったことを忘れていた。

気づくと、不安を楽しんでいる自分がいた。
不安という怖れを抱きつつ、不安と楽しもうと思った。

変わっているのかもしれない。
いや、変わっている。

ただ言えることが一つある。
グレイだった景色が、明るい景色に変わったこと。

未来は明るい色とは限らない。
でも自分の中で明るい色にすることはできる。

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