不思議な、おまじない。
ふと、つぶやく。
「しょうがない」
ふと、つぶやく。
「しゃーない」
関西弁(京都弁?)なので、イントネーションのせいかもしれない。
ただ、心の持ち方が全く違う。
いや、この言葉を言っている顔つきが全く違う。
「しょうがない」という時、嫌々感が出ている。
言いながら、舌打ちなんかもしたりする。
「しゃーない」という時、どこか笑っている。
笑いながら許し、これからすることを楽しんでいたりする。
この違いは何だろうか。
ふと、気になってしまった。
ビジネスの世界でどっぷり染まっていた時は、
いやいや、「しょうがない」とよく言っていた。
言いながら、どこか他人ゴトのように思っていた。
いや、他人ゴトだから自分には関係ない話だと思っていた。
だから、仕事を振られると、つい口に出てしまった。
「なんでやねん! 関係ないやん!!」
ビジネスの世界を離れてからは、「しゃーない」が多くなった。
そして、つい言ってしまう。
「気にせんでええよ。次頑張ろう」
「手伝えることあったら、手伝うよ」
頭で考えてもわからない。
文字にしてみてもわからない。
言葉は不思議だ。
その時の気持ちの持ち方が、言葉となって表現される。
理由を聞かれても、答えがでてこない。
(たぶん、答えはない)
あながち、答えに詰まる時ほど、真実がそこに在るのかもしれない。
答えがどんどん出てくる時ほど、嘘が潜んでいる気がする。
それは置いといて
(結構、本質で大事なことのような気がするが)
「しょうがない」より「しゃーない」を言いあえる文化がいいなと思った。
誰かを責めるのでもなく、後ろ向きにならない。
どこか前進していく思いや意思が、言葉から感じる。
人を、誰かを責めずに、自分だけを守ろうとせず、
一緒に少しずつ前を向いて歩いていく。
そんな世界になればいい。
言葉を変えて使うだけで、そんな世界になる気がしたりする。