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用事はないのに、今すぐ徳島に行こうと思った僕の話
ある日、自宅で一緒に酒を飲んでいた相手から「徳島になにか思い出がありますか?」と聞かれたことがある。その人は徳島県生まれだったのだ。
しかしその時の僕は、徳島県についての面白い話をほぼ持ち合わせていなかった。
「徳島県のファミリーマートで肉まんを買ったら店員さんに『スジョゥワ』のように言われたのだが、その言葉が何なのかとっさに判断できなかった僕は、何度も『なんですか?』と聞き返してしまった。結局、良く分からずに断ったのだが、車の中に戻ってからあれが『酢醤油は(付けますか?)』だったことにようやく気づいた」というエピソードを苦し紛れに披露してその場はなんとか乗り切ったのだが、自分の中の徳島県についてのエピソードが極端に薄いことを認めざるを得なかった。
初対面の人といきなり仕事の話をし始める機会が多い僕にとって”御当地ネタ”ほど強いものはない。
相手がどこの生まれであろうとも、その人の生まれ故郷の話ができれば、きっとすぐに打ち解けることができるし、その後の仕事の話もスムーズになると思うからだ。しかし「生まれはどちらですか」とジャブを打ったところで、全く縁もゆかりも無い場所の名前が返ってきてしまうと「そうですか」で話が終わってしまい、たちまち気まずい思いをしてしまうというリスクがある。
だからこそ20代の頃に「行ったことのない土地には積極的に行っておくことにしよう」と思い始め、一応、47都道府県すべてには行ったのだが、ついに自分の前に徳島県生まれの人が現れてしまったことで、僕にとって貴重だった唯一の徳島エピソードである『スジョーユワ』を放出するに至り、話題の弾切れと相成ってしまったわけだ。
しかも、恥ずかしながら『スジョーユワ』の話に出てきたファミリーマートへは、別の県に行く道中で偶然立ち寄っただけだった。その時に同行していた友人に「これが初めての徳島ってわけだ」と駐車場で笑って話していたから覚えていただけで、いまだかつて徳島県を目的地としたことは一度もなかったのだ。
僕は『スジョーユワ』のエピソードを話した次の週に、徳島県へ飛行機で飛んだ。
・古くからある寿司屋か、バーに行く
・城があれば、行っておく(※時間が許せば天守閣まで)
・地元民が行く、土着のスーパーマーケットに行く
・主要駅の写真を撮る
・一番の名物と言われているグルメを食べる
上に記したのは、初めて行った場所での、自分がしがちな行動パターンだ。これらを実践することで、効率的にその土地の話題を得られると思っている。
寿司屋に関しては”古くからそこにある”ことが重要だ。寿司屋の大将というのはたいてい話好きであり、その商店街の一角に何十年と店を構えているわけだから、観光客が欲しそうな情報の量においてはピカイチなのだ。
さらにそういう寿司屋には、カウンターの端を定位置とする、”スーさん”なり”ヨッちゃん”などと呼ばれがちな常連とおぼしき方が、すでに顔を赤らめて陣取っており、初めてこの町に来た自分のような人間には、街の魅力や名物などの情報を、大将とタッグを組み、包み隠さず教えてくれるものなのだ。
バイパス沿いに最近できたような回転寿司チェーンでは、こうはいかない。
そして、その土地にもし 城があれば登っておく。
さほど歴史や城についての興味は強くないのだが、時間が許すなら天守閣まで登っておき、「当時のお殿様が見た風景はこんな感じだったのかな」と思うだけでも良いと思っている。
相手に生まれ故郷を伺い、その土地の話になった時、城というのは使い勝手が良い。たいていの場合、その人の幼少期には課外授業などでその城に行っているからだ。共通した行動体験を手に入れるのには、一番の近道だと思っている。
ただし城址公園など、すでに城がなくなってしまっている場合は、話題に出したとしてもコスパが悪いので訪れない。それなら古い商店街なり、別の名物なりに行くことを優先する。
地元民の通うスーパーでは、普段見慣れているスーパーでの景色との違いに注目する。経験上、調味料コーナーと惣菜コーナーに行くと発見が多い。
地元民の愛するソースだったり、東京では見ないのにこちらでは当然のような顔をして並んでいる珍しい惣菜などは、帰りの交通機関内で食べるために買っておく。
この時だけは、自分がまるでこの土地に長く住んでいる人であるかのように振る舞う。そして、まるでこれを買うのが至極当然なのだなと思われるような表情でレジに並んでいる。だが、これに深い意味はない。
単に”地元民ごっこ”として楽しむのもレジャーの一環、ということ。
また、駅前に大きなデパートがあれば入っておく。昨今のデパートはたいていが経営難であり、無くなりがちなのだ。
「あのデパートもなくなっちゃいましたしね」という話題は、相手の深いうなずきを誘いやすい。
主要駅(その都道府県庁がある市名と同名の駅である場合が多いが)の駅舎を撮影しておくことも欠かさない。
一年中、47都道府県の主要駅のどこかはたぶん改装中だ。次にまた訪れた時に変化を楽しむことができるし、話題として『駅前の変化』はかなり強い。
最近では、青森駅や新潟駅の変化が劇的だったし、少し古くなるが熊本駅や金沢駅などは急速に近代化した例として面白い。とんと変わる様子のない和歌山駅や鳥取駅の趣もまた良い。千葉駅や広島駅、佐賀駅など、もともとの原型を多く残しながら変わっていく駅に関しては、その変化を話題にしても良いと思う。
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毎日毎日旅行しているわけにもいかないので、近くに何かの用事があればついでに足を伸ばして訪れ、なるべく多くの土地のことを吸収していく。無論、一つの箇所に費やすことのできる時間は少なくなるので、観光案内やGoogleマップの膨大な情報を頼りに、コスパの良い、最大公約数を摘んでいくような動きが求められるわけだ。
(オススメされた場所で泣く泣く行けなかった場所については、2回目の来訪が叶った際に行けるよう、MAP上にスポット登録をしていく)
話を冒頭に戻そう。
徳島に降りたった僕は、この時もまさにこのパターンで行動した。
古くからある寿司屋に入り話を聞き、そごう(その後2020年に閉業してしまった)に行き、レンゲの置き方に特徴のある徳島ラーメンを食べた。城は城址公園のパターンだったので行かず、かわりに阿波おどり会館に行き、地元連の阿波おどりを見た。
例に漏れず数軒のバーにも赴いたのだが、とあるバーでのエピソードは、その後、僕が徳島を語るうえで欠かせないものとなり、ラジオでも披露したほどのものになった。
そのバーに入ると、チーフバーテンダーさんは女性だった。こちらからあまり積極的に話しかけることもせず、ひとり黙々と好みのウイスキーを飲んでいたのだが、店内に客は自分ひとりだったということもあり、チーフバーテンダーの女性がついに口火を切って下さった。
「どちらかからお出でですか?」
「東京からです」
「東京から!まぁ。徳島にはお仕事で?」
「単なる旅行ですよ」
「そうですか… しかし、なにもないところでしょう、徳島は」
「いやいやそんな。阿波おどり会館とか行けましたし、今だって素敵なバーでお酒を飲ませてもらえてますし」
「そうですか、楽しんで頂けてるのなら良いのですが…」
もう一人のバーテンダーが話に加わってくる。
「いまの徳島って言ったら、すだちと、阿波おどりと、米津玄師さんの話題くらいしか無いんです」
今思えば、これが導入だったのだと思う。その二人のバーテンダーさんによる、旅行客に対して得意とする、”演目”の一つが始まったのであろう。なにしろ、即興の世間話とは思えない小慣れ感というか、テンポがよかった。
「私はね、同じ徳島県出身ですから。米津玄師さんの気持ちはよくわかるんです」
「どういうことですか?」
「音楽業界っていうのは、きっと偉いプロデューサーさんとかがいて、いろんなことを強引に決めていかれるんでしょうね。痛いほどよく分かります。彼の悔しさが」
「米津さんはきっとあの曲の曲名を『すだち』にしたかったはずなんです」
僕はうつむいて笑った。
その後、ちょっと声を上げて笑った。
自宅で一緒に酒を飲んでいた”徳島県出身”の相手……つまり米津さんに話すことのできる最高のエピソードを、僕はここ徳島に来たことで手に入れることができたのだ。
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