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髪を刈る

私は26歳の女だ。ここ1年ほど、美容院に行っていない。

無精なのではなく、自分で髪を切るようになったのだ。
より正確に言うなら、「刈る」ようになった。

私は髪を整えるとき、ハサミではなく、バリカンを使っている。

私は現在、ショートヘアで、頭の両側面に剃り込みを入れている。
4コマ漫画の『コボちゃん』をご存知なら、それを想像してほしい。
それが、私の現在の髪型だ。

髪を短くしたのは大学生の頃だった。
それまで、私は腰までとは言わないが、そこそこ長く髪を伸ばしていた。

幼稚園の頃から、私は髪が長かった。
自分が長い髪を望んでいた記憶はあまりない。かといって、短くしたいと思ったことも多分なかった。ただ、母に髪を整えてもらうのが好きだった。

母は私の髪を、複雑に編み込んだり、三つ編みをたくさんつくったり、小学校に行く前の時間を使って、とても丁寧にセットしてくれていた。
編み込まれるときは頭皮が引っ張られて痛かったし、頭を動かさないようにじっとしている間は退屈だったが、私はおとなしくしていた。

同性の友人が「今日の髪型かわいいね」と褒めてくれると、私は嬉しかった。
髪型を褒められるということは、母のことを褒められるのと同義だった。

中学生になり、私は電車で少し遠い私立の学校へ通うことになった。
さすがに、髪を母にいじくらせる時間はなかった。なので、ポニーテールにくくってもらうだけにしてもらった。母はどことなく寂しそうだった。

もう母に髪を整えてもらうことがないならと、一度、肩に届く程度の長さに髪を切った。髪の量が多いのと、癖っ毛だったせいで、扇形に髪はひろがった。
同級生には「金太郎」と言われた。その通りすぎて反論できなかった。

髪を伸ばさないと、重みで広がってしまうのだな、と自分の髪質を初めて理解して、また髪を伸ばし、ポニーテールに逆戻りした。
(しかし、今度は「桃太郎」と呼ばれた。確かに、運動会でハチマキを巻くと、完全に桃太郎だった)

やがて大学生になり、学校指定の制服から、私服中心の生活に変化した。
私は依然としてポニーテールで過ごしていた。服が自由になったからといって、髪型をオシャレにしようとか、そういう発想はなかった。

大学は、入りたての頃が一番忙しい。履修する講義がとても多い。しかし、それらを真面目にこなして単位をとっておくと、3年生になる頃には暇になる。

私は、どうせ暇ならと、社会勉強の一貫としてバイトを始めることにした。
近所のお好み焼き屋にバイト募集の張り紙があったので、そこを受けた。
ピンク色に髪を染めた、ピアスじゃらじゃらの店長が出てきて、想像以上にあっさりと採用してくれた。とても優しい人だった。

ある日、そのファンキーな見た目の店長と、音楽の話で盛り上がった。
生真面目そうな見た目の私がマリリン・マンソンという少し過激なスタイルで知られているバンドを好きと知って、店長は驚いていた。

「マンソン好きなら、髪型とか真似してみる? 俺、バリカン持ってるけど」
「いいんスか?じゃあ、お願いします!」

この二言の会話で、私の頭の右半分は丸坊主になった。

さらに店長の謎の技術で、坊主部分にさらに細かい剃り込みをいれてもらい、蜘蛛の巣の模様を彫り込んでもらった。

マリリン・マンソンを知らない人のためにMusic Videoを貼っておく。

だいたいこういう感じ。
完璧に該当する髪型のビデオが見つからなかったので、一番近いものをとりあえず貼りました。要は、頭の半分を剃りこんで、もう半分は長く伸ばす、という髪型をリスペクトした、ということです。

これがまた、絶妙な髪型だった。髪をうまく流せば、一見、普通のロングヘアに見える。しかし、ポニーテールにした瞬間、蜘蛛の巣の剃り込みが現れる。

私は家の中では髪をおろして目立たないようにし、外では剃り込み丸出しで過ごした。母には髪型を変えることは伝えていたが、「ここまでは想定してなかった」と仰天された。父はしばらく気づかず、知ったときには「もうやっちまったもんはしょうがない」という感じで、意外とあまり怒られなかった。

大学での反応は面白かった。蜘蛛の巣が怖いのか、今まで以上に距離を置かれることもあれば、「すげー!触らせて!」とじょりじょり遠慮なく触ってくる人もいた。

やがて、研究室に所属する時期になると、私は伸びてきた坊主側の髪の長さに合わせて、長い方の髪を切った。こうして、ショートヘアが完成した。

私は元々、そういうふうになるように、計算していた。
「いつか普通の見た目でないといけない時期が来る」とわかっていたのだ。
教授との面接、学会発表、就職活動・・・。
私は、父方の親戚の言うとおりの”良い子”である必要があった

いくら剃り込みをいれても、それは一時的なもの。いつかは普通の見た目にして、普通の服を着て、普通のサラリーマンを目指さなくてはならない。

・・・

そして、結局、それは叶わなかった。
私は新卒で入った会社を1年でやめた

私は諸々の手続きを終えた後で、バリカンを買った。
そして、家に帰ると、髪を思う存分に剃った。

本来あるべき姿に戻ったような清々しさだった。
剃りこみ部分に感じられる涼しさが、とても懐かしかった。

私は、いつかは働こうと思っている。
しかし、今はもう、「まともな髪型になるように」という計算などせず、好きなときに剃り込み、好きなときに髪を短く刈っている。

別に、剃り込みに対して、強いこだわりがあるわけではない。
仮に、ものすごくやりたい仕事が見つかったとして、「剃り込み入れてる人はお断りです」と言われたら、伸ばすかもしれない。

でも、現時点で、私は一番、私にとって自然な状態で過ごしている。
これを崩して生きないといけない場所なら、そこでは生きていたくない。

一度は丸坊主にしたい。泥水でした。

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泥水
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