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note #12〈負けない愛だよ。〉

 私は37歳の時に複雑性PTSDと診断されて以来、自分の病気について多くの人に知ってもらいたいとInstagramを始めた。それまでの私は、抑うつ状態と診断されていた23歳の頃からSNSに頻繁に投稿をしていたが、病気の特性なのかSNSが上手く使いこなせなかった。機能の問題ではなく、感情のコントロールの問題だった。すぐに自分を卑下したり、他人と比べて落ち込んで、続けていても何一ついいことはなかった。それでも
「私はここに居るよ! 誰か気づいて!」
 そう叫ぶように必死でSNSにしがみついていた。

 結婚して、SNSが更に私を孤独に追いやろうとしていた時、旦那がアカウントを削除することを勧めてきた。ずっと自分自身でも感じていたことだったからか、当時の私は旦那の勧めにすんなり応じた。ただ、未練があったのか自分で削除するのは気が進まず、旦那に全て任せて以来約10年SNSから遠く離れた正解を生きてきた。

 そんな私が再びSNSを、しかも使ったことのないInstagramを、使いこなせる筈がなかったけれど自分で必要だと判断し利用を開始した。
 見知らぬ誰かをフローすることも、誰かの投稿に♡を押すのも、その都度深く考えては止めて。それに私よりも先に自身の病気のことや、誰かの為にと思って行動している人はごまんと居る。改めて自分の存在意義のようなものを疑い始めていた。
 けれどマオ先生とトラウマ治療を積み重ねていく中で、そんな負の感情とも真っ直ぐに向き合えるようになり、私は以前より強くなれた。今では誰かの投稿にいいなと思ったら迷わす♡をタップできるようになったし、素敵だなと思う方を迷いなくフォローできるようになった。これは
「ワタシナンカ……。」
と思っていた私にとっては大きな大きな前進だった。

ピントの合わない満月
まるで目的が定まらない過去の私のよう

 こんな私の投稿を目にしてフォローしてくださる方もいて、その中には私と同じ病を抱える方が数名。ある方の投稿はいつも隅々まで読ませていただいていた。ただ画面上で互いにフォローしあっているだけだったのでコメントもたくさんしたかったけれど、♡を押して終わっていた。
 ある時、その方の投稿に心がぐわっと動かされて、思わずスタンプ一つをコメントの代わりに送った。すると私の想いに応えてくださるかのように、スタンプが一つ返ってきた。それ以来、凄いな、頑張ったんだな、必死に乗り越えたんだな、辛かっただろうななんて思うたびにスタンプや短めのコメントを贈るように。今年に入り今が一番幸せって思えていると過去の記事を投稿していたその方が、つい先日素敵な言葉を教えてくれた。

「今までは苦しむことで守ってきた。
 これから愛で守るよ。負けない愛だよ。」

 なんて素敵な言葉なんだろうとすかさずコメント。その方からも私のコメントに感謝をするお返事が届いた。私の中の世界が、より一層愛で満たされた瞬間だった。

きらりとグレイスの虹のリボン

 私には、私の中の私たちと決めてきた合言葉が幾つかある。
『生きててくれて、ありがと。』
『もう誰も置いて行かない。』
『迷った時にはあの歌を歌おう。』
『ありがとうとごめんねも忘れずに。』
『自分に約束。無理はしない。』
『大丈夫、僕等なら越えてゆける。』
『見た目で判断しない。』
『私は特別。』
 そして新たにもう一つ加わった
『負けない愛だよ。』

 この言葉を聞いた瞬間、私の中の私たちが宝物を見つけた時のような表情で安全な場所にじんわりと浸ってゆく愛に満たされているイメージが浮かんだ。
「素敵な言葉だね。」
『うん。僕もこの言葉好き。』
『これ、私たちの新しい合言葉にしたくない?』
『それいい考え!』
『みんなで声に出して言ってみようか。』

『負けない愛。』
「負けない愛。」

 上手く使いこなせないからとSNSから遠ざかっていたら出逢えなかった。こんな愛に満ちた私知らずにいた。それほど物凄いパワーを秘めた素敵な言葉。治療を乗り越えてここまで来られたフォロワーさんと、あの日のその方へ。この感謝を途切れることなく贈り続けたい。この命がある限り。負けない愛で満たされた私で。

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